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教育

2006年11月 7日 (火)

教育界の崩壊

教育の現場で自殺の連鎖が止まりません。子供たちばかりでなく、未履修問題で揺れる高校の校長からも自殺者が複数出てしまいました。傷ついているのは子供たちばかりではありません。教師も同様です。ここでも影を落としているのは「受験戦争」ですね。教師たちも必死で自分たちの高校の名門大学合格率を上げないとやっていけない。この少子化の時代、下手をすれば自分たちの高校には誰も入学してこない、なんてことにもなりかねません。

いじめ自殺の問題では「教師の質」が問題にされることが多かったようですが、僕はそんな単純な問題ではないと思います。未履修問題は何故生じたか?大学受験に関係ある科目に力を入れるため、それ以外の科目の勉強をしても無意味だ、という価値観があるからです。では、そうまでして名門大学に入りたがっている、入れたがっているのは誰か?生徒たち自身、及びその親でしょう。いや、生徒たちは親に洗脳され、お尻を叩かれているだけかもしれない。教師は「我が子をいい大学に入れたい」という親のニーズに従っているに過ぎません。そうした親にとって「質のいい教師」とは、高学歴の子供を量産する教師でしょう。

しかし、そうした親も結局は「より多くのお金、より高い社会的地位や名声、より大きな権力」こうしたものを手に入れることが幸せになることだ、と言う社会の洗脳を受けていて、そのためには一番間違いのない方法は子供を高学歴にしてやることだ、と思いこんでいるに過ぎません。問題の根っこは「幸福=金、地位、権力、名声を手に入れること」だと言う、根本的な勘違いを多くの人がしているからでしょう。

今までも何回も述べてきましたが、幸福か幸福でないかは心の状態、内面の問題です。どんなに高学歴だろうが、ビル・ゲイツのような世界一の金持ちになろうが、政治家、官僚、または大会社のトップに立ち、権力をふるおうが、世界中で自分を知らない人はいないほど有名人になろうが、心の状態…「波動」が低い人は不幸なのです。逆に言えばたとえホームレスでも、波動が高ければその人は幸福なのです。「金、地位、権力、名声」こうしたものは幸せになるためにほとんど役に立ちません。それどころか、苦労してこうしたものを手に入れた結果、かえって不幸になると言ってもいいぐらいです。「金、地位、権力、名声」を求めて闘争しているうちにどんどん波動が下がりますからね。波動が落ちればいじめのような問題が吹き出すのも理の当然。つまり、「より高学歴へ」とお尻を叩いて駆り立てるのは、我が子を地獄に突き落とす行為といっても過言ではないのです。問題を根本的に解決するためには、この「幸福になるためには金、地位、権力、名声を手に入れる必要がある」という即物的な価値観を捨て、心の世界を中心とした価値観に入れ替えるしかないと思います。

そのことに気がついている人から見ると「なんでみんなこんな簡単なことがわからないんだろう?」と感じると思いますが…やっぱりほとんどの人はわからないんですね。原因は世間の価値観からあまりにも物質万能主義に囚われているからでしょう。この世は物質が全てと思っていれば、そうなってしまうのは無理もないかもしれません。最低限「幸福になるか、ならないかを決めるのは物質ではない、『心の状態=波動』だ」ということに気付かなければ、この泥沼からは抜け出せないでしょうね…。

2006年10月18日 (水)

いじめの構造

抗議・中傷のメール・電話殺到 中2自殺の筑前町(朝日新聞)

こうなるとは思いましたが、ものすごいバッシングが起こってるようですね。だけど、ちょっと考えてみて欲しいのは、この抗議電話をかけたり中傷メールをおくる人たちが何を意図してるか、どんな意識でやってるかです。

もし抗議や中傷をすること自体が楽しくて「胸がすっとする」ようなら、その人はかなり危ないと思います。要するに人を攻撃すること、弱いものを叩くこと自体が目的なわけですから、意識レベルとしては自殺した生徒に「偽善者」と言った先生や、それに便乗していじめをやったクラスメートと同レベルです。今はこの先生や学校が「いじめられる側」「叩かれる側」になっているので、それに便乗して「いじめている」だけですね。「今ならこいつらを叩いても自分は正義の側に立っていられる、自分は非難されない、今だ!」ってわけですね。「いじめの構造」としては生徒を自殺に追いやったことと全く同じことを、抗議や中傷をする人もやっているわけです。こんなことをしても何の解決にもならないどころか、いじめの連鎖を生むだけです。いじめをやった当事者をさらにいじめても、問題の根本は何も解決しません。

問題はこうした心理はどこから来るのか、ということじゃないでしょうか。何故こういう人たちは「自分より弱いものを見つけると攻撃したがる、攻撃すると快感を覚える」のでしょうか?ここがいじめ問題の核心だと僕は思いますが、皆さんはどう思いますか?

2006年10月17日 (火)

福岡いじめ自殺

昨日さんざん報道されましたが、福岡でのいじめ自殺事件、本当にひどい、痛ましい事件ですよね。中日新聞の記事によると…

 校長によると、教諭は男子生徒が1年生の1学期ごろ、教室内で床に落ちた級友の消しゴムを拾ってあげた際、「君は偽善者にもなれない偽善者だ」と言った。クラス内では、しばらく「偽善者」が生徒間のはやり言葉になった。

 男子生徒はその後、同級生からいじめ行為を受けるようになったとみられ、今月11日、「いじめられて、もういきていけない」などと書いた4つの遺書を残し、自宅倉庫で首つり自殺した。

 自殺当日も、校内で男子生徒が「死にたい」と漏らすと、同級生7人に「本気なら下腹部を見せろ」と言われ、トイレでズボンを無理やり脱がされるいじめに遭ったことが分かっている。

 担任だった教諭は、授業中に思い付く漢字1文字を書く問題を出した時には、別の女子生徒に「おまえは太っているから(書くべき字は)『豚』だね」と暴言を吐いたこともあった。

 ■心理カウンセラーの内田良子さんの話 表に出ることは少ないが、教員がいじめに加担しているケースはよくある。今回の「からかいやすかった」という担 任の意識は、子どもにいじめのお墨付きを与えたと言ってもいい。子どもがストレスをぶつけるいじめ関係と、教員からもいじめを受ける二重構造になってお り、学校におけるいじめ構造を実にクリアに見せつけられた感じだ。

…ということです。これはもう地獄ですよね。ではこの学校だけが特殊なひどい事例だったのかというと、僕はそうは思いません。今の学校教育はどこもこんなもんなんじゃないでしょうか?ただ問題が表面化しているかいないかの違いで…。だから僕はこの事件のことを聞いても驚きはしませんでした。子供たちがかわいそうだとは思いましたが、起こるべくして起きた事件だと思います。過去にも似たような事件はありますし、残念ですが社会全体の根本的な意識改革がされない限り、これからも同じような事件は起こり続けるでしょうね。

以前も書きましたが、僕は今の学校教育は根本的に狂っていると思っています。もし子供がいたら、一般の小学校、中学校、高校には行かせたくありません。子供たちを毎日地獄に送り出しているのと一緒ですから。子供たちを守るには、必要な知識は何か代替の手段で身につけさせることを考え、極力学校には行かせないのが最善の手段ではないかと思います。学校教育は完全に魔の手に落ちていると言っても過言ではないでしょう。子供たちを魔界の波動に落とし、地獄の亡者予備軍を大量生産する…これが今の学校教育の実態ではないでしょうか。

それでも親の立場としては「そうは言っても今の社会は学歴で勝ち組、負け組が決まってしまうじゃないか。自分の子供を負け組にさせないためには頑張って少しでもいい学校に行かせてやるしかないじゃないか」と思うかもしれません。でもこの考え方自体が地獄的だと思います。幸福か不幸かは心の状態の問題であり、物質的な豊かさ、社会的地位、名誉…こうしたものとは関係がありません。そうしたものがないと「負け組」で幸福になれない、と考えること自体が地獄的な発想だと思います。まあ、日本全体がそういう狂った考え方にとりつかれていますから、無理もないのですが…。

こうしたことは僕が中学生だった30年前から本質的には変わっていないですね。いじめこそ受けたことはありませんが、僕が中学生だったころも同じような素地はあったと思います。今の時代、あらゆる分野で隠されていた物事の本質が、一気に露呈されつつあるのではないでしょうか。