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随想

2010年1月31日 (日)

スピリチュアルな世界観

一つ前の記事「UFOと山下達郎」の記事にメールでコメントを寄せてくれた方に返事を書いたんですが、それが我ながら「今の自分の考え方が良くまとまってる」と思ったので、加筆してこちらにも転載します。

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神との対話3」の中に「神」と著者のウォルシュ氏が「キリストは宇宙人だったのか?」と問答する場面があるのですが、その最後に神は「キリストは天から来たのか、あるいはUFOに乗って宇宙の彼方から来たのか?あなた方の問題は、それが別の事だと考えている事だ」と答えています。つまりキリストは神の世界から遣わされた「神の子」であり、同時に宇宙人である…ということになりますが、すなわち「神々」と呼ばれる高度に進化した霊的存在と、UFOに乗ってやってくる「宇宙人」は同じものだと言う事ですね。こう考えると、いろんなことが合理的に説明出来るんです。

UFOが何十光年、何百光年という気の遠くなるような距離を超えて地球までやって来れるのは、次元を越えるからだと言われています。すなわち三次元の物質レベルの肉体(及び乗り物であるUFO)の振動数を上げて、エーテル体レベル、アストラル体レベルなどの霊的な体に自由に移行することが出来て、それで物理的な距離が関係なくなる世界にアクセス出来るから、何十光年、何百光年という距離を飛び越える事が出来る…という事ですね。だからUFOは我々の物質レベルの目から見ると突然現れたり、消えたりするんでしょう。知的生命体の意識が一定レベル以上に進化すると、これが出来るようになるんだと思うんですよ。それが巷で言う「アセンション」であり、中山さんが言う「嬉しき御世への移行」ではないかと僕は思ってます。

僕が以前受けたお伝えの中に「宇宙の友人たちが姿を現すかどうかは、あなた方人間の意識がそれを受け入れる準備ができるかどうか次第、彼らも最適の時期が来るのを慎重にうかがっている」という話が出てきますが、とすれば、我々人類も間違いなくこのアセンション、嬉しき御世に到達するボーダーラインに刻一刻と近づいているという事でしょう。つまりこれを越えれば我々も「高度に進化した存在」の仲間入りをして本当の意味での「宇宙人」になり、自分の体の振動レベルを肉体、エーテル体、アストラル体…と自在に移行出来るようになるのではないかと僕は考えています。つまり今まで我々は「転生」というシステムで、肉体が死んで霊的世界に戻り、再び物質世界に戻るためには母親の胎内に宿り、別の肉体で生まれて来る…という手順をふんでいたわけですが、体の振動数を物質レベルから霊的なレベルまで自在に行き来出来るようになれば、そうした「転生」のシステムも不要になります。これが本当の意味での「解脱」ではないでしょうか。ベンジャミン・クレーム氏によれば、マイトレーヤや覚者たちもそうした事が自在に出来ると言う事ですね。

ただ、人間の意識の進化レベルは人によって様々ですから、アセンション、うれしき御世への移行のタイムリミットまでに「合格ライン」に達する人は限られていて、残念ながらそこまで行けなかった人は「嬉しき御世」に移行した地球には入れず、従来の地球と同じぐらいの振動レベルの星に転生して、今までと同じ生まれ変わり、死に変わり…という人生を送るのでしょう。アワの歌はその人間の意識を進化させるための「加速装置」のような役割を果たしているんだろうと思います。だから少しでも多くの人にアワの歌を歌ってもらう必要があるんでしょうね。

…とまあ、こんなところが現時点の僕のスピリチュアルな世界観なんですが、こうした事をふまえて以下の動画をちょっと見て下さい。

これは先日も紹介した寺尾夫美子さんがアセンションについて語った最新のメッセージですが、前述のような世界観をもった僕としては非常に納得のいく内容になっています。これだけでなく、この世界観なら中山さんのメッセージも、僕自身が受け取るお伝えも、「神との対話」の内容も、ふるやの森のチャネリング情報も、マシュー君のメッセージも、…およそ僕が共感する精神世界系の情報が全てがスッキリと説明出来て、腑に落ちるんですが、皆さんはいかがでしょうか。

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2008年11月 7日 (金)

神の見えざる手

「常温核融合」というものを知っていますか?ベンジャミン・クレーム氏が著書の中で石油に替わる次世代エネルギーの本命として紹介しています。この技術が実用化すれば、人間はエネルギーを石油に依存する必要が無くなり、石油を奪い合って戦争する必要も無くなるのです。もちろん、化石燃料を燃やす必要がなくなるのですから、温暖化問題も一気に解決です。なおかつ常温核融合は現在の原子力発電のような「核分裂」を使ったエネルギーと違って、放射性物質を使う必要がなく、海水からいくらでも、無尽蔵にエネルギーが取り出せるのです。危険な放射性廃棄物も出ません。まさに夢のフリーエネルギーなのです。太陽光、風力、潮力、地熱…等のクリーンエネルギーの開発は様々に行われてきましたが、どれも石油に完全に取って代わるほどの決定打とはなっていませんでした。常温核融合こそがその可能性を秘めた、本命中の本命なのです。

実はこの常温核融合の技術は、既に日本人の手によって公開実験の成功が確認されているのです。今年の5月22日、大阪大学の荒田吉明名誉教授(文化勲章受章者で、大阪大学内には記念館が建っている)がマスコミ各社を集めた公開実験を行い、成功しました。

ところが、本来ならノーベル賞をまとめて10個もらってもいいぐらいのこの快挙は、全く報道されませんでした。荒田先生ほどの実績を持つ科学者が手がけ、その公開実験の場には毎日、朝日、日経、日刊工業新聞、NHKなどマスコミも多数参加していたにも関わらず…です。記事にしたのはわずかに日刊工業新聞と日経産業新聞が小さなスペースを割いただけ。その他のマスコミは取材に来ていながら、完全に黙殺したのです。さらに、特許庁は荒田先生の特許申請を「こんなことはあり得ない」と門前払いしたそうです。(おいおい、相手は文化勲章受章者だぞ…?)これは一体どういうことでしょう…?

このことにいち早く注目し、警鐘を鳴らした人がいました。ネット・ジャーナリストを名乗るリチャード・コシミズ氏です。実は荒田先生以前にも常温核融合の研究をしていて、かなり成功に近づいた研究者は複数いたらしいのです。ところが、そうした人たちは片っ端から奇妙な死に方をしているのです。…なぜか?「石油を牛耳ることによって権力を得ている勢力」によって「消された」としか思えません。常温核融合の技術が完成し、普及すれば彼らはその権力基盤を失うからです。そして、荒田先生の公開実験をマスコミが黙殺したのも、その一派による圧力がかかったせいでしょう。

このままでは荒田先生の命も危ない、と考えたリチャード・コシミズ氏はこのような文書をネット上にアップしました。コシミズ氏はかなり実績のあるネット・ジャーナリストで、これによって数十万人単位の人々がこの事実を知ることになりました。もし荒田先生が変死でもしたら、真っ先に疑惑の目が注がれることになるので、この情報を出来るだけ拡散すること自体が荒田先生の命を守ることになる、とコシミズ氏は考えたのです。

結果として荒田先生は今も健在ですが、研究はほとんどストップしてしまいました。実験では成功したとは言え、実用化するにはまだいくつかのハードルを越えなければならず、そのためには資金も必要です。5月の公開実験はその資金集めのためのデモンストレーションでもあったわけですが、マスコミが黙殺してしまったために資金を集めることが出来なかったのです。

つい先日、この二人が直接会う機会が設けられました。その会談の模様はコシミズ氏によって動画で撮影され、現在ネット上で公開されています。それがこれです。

この中でコシミズ氏は荒田先生の研究を実用化まで完成させるために、寄付を募ろうと提案しています。だいたい5000万円あれば出来そうなので、それぐらいの金額なら、金儲け目当ての輩の思惑に振り回されないためにも「投資」ではなく、見返りを求めない「寄付」のほうがいい、というわけです。コシミズ氏が呼びかければそのぐらいのお金はすぐに集まるだろう…と。この二人が手を組んだことによって、常温核融合の実用化は飛躍的に前進するかもしれません。

荒田先生が開発した常温核融合(荒田先生自身は「固体核融合」と呼んでいます。)の技術の利点として、次のようなものが挙げられています。

①ヘリウムは、核融合反応の結果としてしか発生しない物質であり、ヘリウムの産出は、即座に、核融合の成功を意味する。(D+D=He+熱エネルギー)ヘリウムの発生は、同時に、熱エネルギーの産出を意味する。外から熱を加えない状態で、熱エネルギーを取り出せる。発電に使える。

②原料の重水素は、海水の中に一定比率で含まれており、ほぼ無尽蔵であり、人類が滅亡するまでに使いきれるものではない。重水素の海水からの分離は容易で、分離コストやエネルギー消費は僅少である。

③核融合に伴う放射線の発生が一切ない。つまり、危険回避のための遮蔽などの安全対策が不要。また、反応が緩慢であるため、「核爆発」の恐れがまったくない。つまり、現状の原発のような事故発生の可能性がゼロである。

④危険性がないため、消費地近くで発電ができる。遠隔地に発電所を設置し、長い送電線で送電する必要がない。

…つまり石油も原子力も必要ない、無尽蔵に使える真のフリーエネルギーなのです。いずれは「一家に一台、常温核融合発電機を」という時代になるかもしれません。ベンジャミン・クレーム氏の予言は、今まさに実現されようとしているのです。僕はこうしたことが現実のものになろうとしていることに、「神の見えざる手」が働いていることを感じずにはいられません。ほんの数年前までは、考えられなかったことです。フリーエネルギーの研究は、前述のように今まで徹底的に弾圧されて来ましたから。しかし、こうしたフリーエネルギーは「新しき、うれしき御世」の実現には絶対に必要なものだと思います。ですから今、まさに満を持して山が動き始めたのだと思います。

荒田先生やリチャード・コシミズ氏は神様の世界のことは何も知らないと思います。しかし、彼らが「神の手足」となって働いていることは間違いないと思いますし、広い意味で「うれしき御世」をともに作って行く仲間なのでしょう。面白いことにコシミズ氏は、今起こっているサブプライムローン問題に端を発する金融危機のことを、冗談半分に「サブプライム大明神」と呼んで崇めています。コシミズ氏はネット・ジャーナリストとして、大手マスコミでは決して伝えられることのない「社会の闇」の部分を暴いて行くことを使命として来た人ですが、この金融危機によってこれらの「闇」部分を背後で操って来た影の権力の存立基盤が崩壊しつつあることを実感しており、「それもこれもサブプライム大明神様のおかげなのです」と言っています。また、このブログでも何度か紹介して来た経済アナリストの藤原直哉氏は、こうした変化の波をよく「天のシナリオだ」と表現します。彼らもこれらの進行しつつある大きな変革の背後に、人知を越えた存在の力が働いていることを、漠然と感じているのでしょう。

今世界を覆っている金融危機の波、止めどもなく暴露される食品汚染の問題、社会保険庁をはじめとする官僚の不祥事の発覚、数年前の耐震偽装問題…等々、これらも全て「神の見えざる手」が働いて、今まで隠されていた「古い時代」の闇が暴かれ、浄化されて行くプロセスなのだと思います。その中でも最大のものは金融危機、資本主義の崩壊でしょう。これからますます激しくなるであろう、こうした変化の荒波によって、この先数年は大変な試練の時代が予測されています。ですが、今回紹介した常温核融合の件のように、あらゆる分野で「神の見えざる手」が働き、確実に「新しき、うれしき御世」への準備は進んでいるのです。希望はすぐそこにあります。

Photo

これは目に見える中山さんの手。

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2007年12月18日 (火)

真の「意識の転換」とは?

竹下先生の「救済のためのメッセージ4」のポイントとなるのは一言に集約させれば「奪い合いから分かち合いへと意識を転換せよ」と言うことだと思います。マイトレーヤはたしかにベンジャミン・クレーム氏を通してこのことをずっと言い続けてますね。僕もこのことには以前から関心があり、以下のような記事をブログに書いたことがあります。

分ち合いで成り立つ世界 - 1
分ち合いで成り立つ世界 - 2
分ち合いで成り立つ世界 - 3

これはもう1年以上前に書いた記事ですが、基本的に今も僕の考えは変わっていません。要するに「資本主義の原理に乗っかって世の中が動いているうちは『分ち合いで成り立つ世界』はやってこない。しかしそれを変えるために必要なのは、かつての共産主義革命のような社会体制の転換ではなく、心の革命、意識の転換だ」ということです。

「大宣言の日」も株式市場が崩壊した後だと予告されていますし、現在の世界の経済制度が崩壊しない限り、この著しい不平等はなくならないとマイトレーヤは語っていますので、この点についてはかなり当たっているのではないかと思っています。実際、世界経済は現在崩壊に向かってまっしぐらに進んでいるようです。今日もこんな記事が出ていました。

米国株:大幅続落、景気先行き懸念で(日経ネット)

ではどうやって意識の転換を起こすかと言うことになりますが、そのための手段として竹下先生は「マイトレーヤ様の御名を108万回唱える」と言うことをあげています。ただし同時に「このような情報を全く知らなくても、既に『利他』『分かち合い』へと意識の転換を成し遂げている人々もわずかながらいる」とも付け加えています。「マイトレーヤ様の御名を唱える回数がわずかでも、利他性の心が育まれたものは『命の道』へ入る」とも。

ということは、逆もまたあり得ると言うことではないでしょうか。たとえ108万回唱えても、心が全くこもっておらず、ただ漫然と回数をこなしたと言うだけでは、意識の転換はおこらないかもしれません。「108万回唱えることが絶対的条件」と言うことではなさそうです。

例えば「分かち合い」「利他」が重要だと言われ、全財産を恵まれない人々、食べるものにも不自由している貧しい国に寄付した人がいたとしましょう。その行為自体は立派なことです。しかし、その動機が「これほどの財産を全部寄付するとは、なんて立派な人だろう…と多くの人に尊敬されたい」ということであっては、なんにもならないと言うことでしょう。その人の心にあるのは「優越感を感じたい、他の人より自分の方が優れていると思われたい」と言うことであって、その根拠が「金銭」から「名誉」にシフトしただけに過ぎません。それでは根本的な意識の転換は全く起こっていないことになるでしょう。

僕自身のことで言えば、例えばこのブログをなぜ書いているか、と言うことが問題になります。多くの人に「こいつはこんなことを考えているのか」と感心されたい、共感を得たい…と言うような動機ではダメなんだと思います。全くの無私で、読んでくれる人のために少しでも役に立てば…という100%の奉仕の心にならなければならないのでしょう。(もちろん、今の自分にそれが達成出来ているとは思っていません。)

皆さんもこんな風に自分の日常の行動の動機、「どんな意識でこの行為をしているか」と言うことを一つ一つ点検してみてはどうでしょうか?そうするとこの道がいかに厳しいものであるかがだんだん見えてくると思いませんか?

2006年10月12日 (木)

金正日は救えるか?

昨日の続きになりますが、「情けは人のためならず」ということわざがありますよね。考えてみると、これは実に深い言葉です。「人に情けをかけるのは、本当は相手のためになるのではない。情けをかけた本人にとってこそ大きな恩恵をもたらすのだ」と言うような意味です。(時々「人に情けをかけるのは、その人を甘やかすことになるので、本当の意味でその人のためにならない」という意味だと思ってる人がいますが、大きな勘違いです(笑)。)

これこそまさに「赦し」の効能を正確に表現したものだと言えるのではないでしょうか。つまり「赦された相手」よりも「赦した本人」の人生をすばらしいものに変える力が「赦し」にはあると言うことですね。

つまり拉致被害者の家族が金正日を心の中で赦したとしても、それによって救われるのは「赦した拉致被害者の家族」であって、「赦された金正日」ではないのですね。それどころか、一歩間違えば赦された結果ますます増長し、北朝鮮がますます暴走してしまう可能性もあります。そんなことになってはますます世界に害悪をまき散らしてしまうし、金正日の心はいよいよ奈落の底(無間地獄)に落ちていってしまうでしょう。そこが現実の政治の難しいところで、ただ北朝鮮の横暴を見逃がせばいい、放置しておけばいいと言うわけにはいかず、そこは知恵を使って対処する必要があるでしょう。

では、金正日を救う方法、どこまでも地獄の底に落ちていこうとする彼の魂を救ってやる方法というのはないんでしょうか?先日は「ゴルゴ13に頼んで…」などと冗談半分で書きましたが、金正日自身が改心して彼の魂が救われれば、それに越したことはないでしょう。でも…多分ないんでしょうね、そんな方法は。彼自身が自分で気がついて心を変えない限り、第三者が彼の心を救うことは出来ないんだと思います。

逆に言うと、「赦し」には「赦された相手」よりも「赦した本人」の人生をすばらしいものに変える力があるというのは、自分で自分の意識をシフトさせたからこそ、その人の人生は変わった、と言うことでしょう。例えお釈迦様でもキリストでも、他人の心の中に入って、その人の意志を無視して心の方向性を変えることは出来ないんだと思います。それが心の世界の動かしがたい法則なのでしょう。

2006年9月 6日 (水)

危機の時代

数日前に以下の記事を見かけました。

恐ろしい事が起きてる…今夏は世界各地で異常気象 (ZAKZAK)

年々こうした異常気象はエスカレートして行ってます。地球温暖化の結果としては当然のことなんですが、つい先日もカトリーナ級と言われる台風12号が日本近海をかすめて行きました。こうした現象は今後もますます増えて行くでしょうし、そのうちに日本でもカトリーナ級の被害が及ぶことも十分あり得るでしょう。

僕は近い将来人類は大変な試練の時代に入って行くだろうと思ってます。「環境問題」「経済問題」の現状、そして「第三次世界大戦勃発」の危険性を見れば明らかだからです。

環境問題については今回紹介した記事にもあるように、温暖化が進むにつれて異常気象は今後ますますエスカレートして行くでしょう。単に異常気象が続くというだけでなく、温暖化によって南極の氷が溶け出すと海水面が上昇します。既にポリネシアの島国ツバルでは水没の危機が迫って来ており、時間の問題で祖国を捨てて移住するしかないと言われています。また日本でも平均気温が2〜3度上昇するだけで横浜や東京のかなりの地域が水没することになり、東京湾が埼玉湾になるとも言われています。

温暖化をはじめとする環境破壊は、生物種の急激な絶滅という形で最も端的に現れていると言えるでしょう。現在、哺乳類の1/4、鳥類の1/9など、全生物の 25%が絶滅の危機にさらされています。約2000万種の生物のうち、毎年5万〜15万種(毎日 100〜300種)の生物が今も絶滅し続けています。これは約6500万年前に巨大隕石の衝突によって起きたと言われる、恐竜をはじめとするの生物の大絶滅の時よりも早いペースだそうです。いつまでも人間が絶滅する番は回ってこない、という保証はありません。(恐竜は当時地上で最も繁栄した生物でしたが、あっさり絶滅しました。)明らかに今我々は異常な激変の中を生きています。

そして経済問題ですが、ご存知のように日本の財政は破綻寸前です。これをごらんください。2006年9月6日現在、日本の借金は772兆円を超えています。これは1年間の税収の約20倍、年収400万円の人が7720万円の借金を抱えているのと同じ状態です。しかも毎年毎年年収と同じぶんぐらいの借金(400万円)を上乗せしています。これに地方自治体の借金を上乗せすると、ゆうに1000兆円を超えると言われています。こんな状態がいつまでも続けられると思う方がどうかしていますよね。個人ならとっくに破産でしょう。

ではもし日本が決定的に財政破綻を起こしたらどういう事態になるのか?「日本人が知らない 恐るべき真実」というブログにうまくまとめられているので、ちょっと引用させてもらいましょう。

国家破産の方程式

 これまでみてきたように、このままでは日本が財政破綻を避けることは難しいようです。ジョン・メイナード・ケインズは『貨幣改革論』の中で国家破産の方式には3通りあると主張しています。

 a.債務帳消し型
 b.債務所有者に対する資本課税型
 c.財政暴力出動型

 a.の債務帳消し型には2つの方法があります。ひとつは「デフォルト」。つまり借金の返済をやめてしまうことです。この場合、すでにみてきたように国債の保有者は9割近くが金融機関なので、ほとんどの銀行は倒産してしまい、国民の預貯金はほとんど引き出せなくなります。また、国際的な信用もなくなり、日本円の暴落も予想されます。
もうひとつの方法は、いわゆる「預金封鎖」。預金を新旧に分け、当分の間、旧の預金勘定を一定額しか引き出せないようにします。これをやる理由は、政府が大量に発行した国債を旧勘定にして凍結する狙いがあります。前述のように日本が2回目に破産したとき、この手法が採用されました。
 b.の債務所有者に対する資本課税型ですが、日本の債務所有者は直接的には金融機関ですが、間接的には国民です。政府には課税権がありますので、大増税をして国民から税金をできるだけしぼり取ることができます。戦後の破産時にも10万円を超える資産に対し25〜90%の高額な財産税がかけられました。
 現在、政府が検討している案から想定してみると下記のような増税が予想されます。

 1.消費税は10%にし、将来的には30%をめざす。
 2.環境税などの新税を導入する。
 3.所得税の最低税率は10%だが、5%を新設しアルバイト等からも
  徴収する。
 4.所得税の計算のときの各種控除を縮小する。
 5.現在実施中の定率減税は廃止する。
 6.高所得者に適用される所得税の最高税率を引き上げる。
 7.酒税を簡素化し増税する。
 8.社会保険料、年金保険料、雇用保険料、労災保険料等の保険料を
  増やし、給付を減らす。
 9.子供の扶養控除を増やし、子供のない夫婦からは上乗せ所得税を
  徴収する。(少子高齢化社会に対応するため)

 ただし、大増税は、国民からの反発が強いのと、かえって不況を促進するため、なかなか実施することは難しいようです。
c.の財政暴力出動型というのは、ハイパーインフレ、貨幣価値の大幅下落を指します。原理的には通貨供給量を10倍にすると貨幣価値は10分の1になり、通貨供給量を100倍にすると貨幣価値は100分の1程度になります。貨幣価値が100分の1になると1000兆円の借金は、実質的には10兆円となります。これは日本銀行がお札(日銀券)をどんどん印刷することで可能です。ただし、預貯金の価値も同じように減ります。1000万円の預貯金は100分の1になると10万円の価値となってしまいます。国民が何十年もかけて貯めてきた資産が、アッという間に消えてしまうことになります。
 上記のような方法は、いずれも大不況を招くことになってしまいますが、このままではいずれかの方法、もしくはこれらをミックスした方法を取らざるを得ないというのが、多くのエコノミストの指摘するところです。

…まあ簡単に言えば、日本が財政破綻を起こせば、円の価値が暴落して紙切れ同然になり、私たちの貯金も限りなくゼロになるということですね。(そのかわり借金もなくなりますが)こうした事態も何らかのきっかけでいつ現実のものになるかもしれません。例えば今年の6月には首都圏で大きな地震があるかもしれないということで、ちょっとした騒ぎになりましたが、もし本当に再び関東大震災クラスの地震が来たとすれば、おそらくそれをきっかけに財政破綻が現実のものになるでしょう。そして日本以上に借金まみれで、日本が国債を買い支えていることによってかろうじて成り立っているアメリカの財政も、連鎖的に破綻するでしょう。世界のGDPの1位と2位を占める国が両方とも破綻したら、それは事実上資本主義社会そのものの終焉と言えるのではないでしょうか。

そして日本で経済破綻が現実のものになった場合、すぐにやってくると予想されるのは食料危機とエネルギー危機です。なぜかと言うと日本はどちらも自給出来ず、その多くを輸入に頼っているからです。経済が強いうちは輸入で賄えますが、財政が破綻して円が紙くずになったら遠からず電気もガスもなく、終戦直後のような食糧難に陥るでしょう。

第三次世界大戦の危機については多くを語る必要もないでしょう。9.11のテロ事件以降の米国の対テロ戦争は、イスラム諸国にますます多くの反米・反イスラエル勢力を育て上げました。現在、アメリカとイランの間で緊張が高まっていますが、イランはアメリカと戦争を開始した場合、アメリカに対する石油供給(米国総輸入量の15%)を停止すると宣言。全世界的規模での反米戦力の結集を呼びかけ、対決姿勢を強めています。日本は現在、石油総輸入量の約九割を中東に依存していますが、こうした一触即発の状況の中、アメリカと同盟を結んでいる日本は、憲法を改正して戦争ができる「普通の国」になろうとしています。小泉内閣時代にますますアメリカに依存する政策を進めて来た日本が、この戦争に無縁でいることはまず無理でしょう。そうなった場合今まで通りの石油の安定供給が可能でしょうか?アメリカの同盟国として、テロの標的にされ、日本国内でテロ事件が多発する可能性もあります。

このように今日の我々はいつどんな激変が起きてもおかしくない、薄氷の上を歩いているようなものだと言えます。この先も現在の延長線上の「太平の経済大国日本」が何十年も続くというのはかなり考えにくいのではないでしょうか。(個人的には10年も続かないと思います。下手すれば2、3年…?今年からもう混沌とした時代に入るという人もいますね。)遅かれ早かれ、混沌とした危機の時代は間違いなくやってくると思います。

2006年8月31日 (木)

資源は地球からのかりものです

livedoor newsのPJオピニオンというコーナーに面白い記事を見かけました。

資源は地球からのかりものです

よくよく考えてみれば当たり前のことです。空気も、水も、太陽の光も、動植物も、その他の環境も…どれもこれも人間は自然から無料で与えられています。もともと無料で使える「みんなのもの」のはずですよね。必要以上に無駄遣いしない、余れば返す(足りない人に分け与える)のが当然。ライオンだっておなかが一杯の時は決して獲物を捕ろうとはしません。自分が生きて行くのに必要なぶん以上の物質を所有したいと思うのは、自然の摂理から言えば病的な強迫観念と言っても過言ではありません。「お金のいらない国」のような理念は、何も突拍子もないものではなく、こういう自然界の摂理をそのまま人間社会に持って来たものだと言えるでしょう。

ところが、それらのものを加工したり、たまたま自分が発見したというだけで誰かに「所有権」が発生します。もともと全てを無料で与えられているのに「所有」というバーチャルなルールをでっち上げ、より多くを所有した者が勝ち組、出来なかった者が負け組という「資本主義」という名のゲームを延々と繰り返しているわけです。

昔、縄文時代の日本には戦争、いくさのたぐいが全く無かったらしいと言われています。なぜかと言うとその時代の墓には武器で殺された痕跡がある遺体がほとんど無いんだとか。食物は狩猟採集文化で、取って来たものはみんなで平等に分配するのが当たり前だった。それが弥生時代になると、農耕が行われるようになります。何故農耕が発達したかと言うと、狩猟採集だけではいつも安定して食べ物が得られるとは限らない、だから食べ物が減っても飢え死にしないために、もっと効率の良い食べ物の供給方法を考えた、ということでしょう。するとその次には収穫した食物を「蓄積する」という文化が生まれ、より多く蓄積する者、少ししか蓄積出来ない者と言う「貧富の差」が生まれる。そしてそれらを奪い合って「争いごと」「戦争」が発明される。従って弥生時代以降の墓には明らかに「殺された遺体」が増えるそうです。

現在でも狩猟採集だけで生活している先住民は「所有」も「貨幣」も存在しない文化を持ってると聞きます。「農耕」が発明されて食料事情は良くなったんだろうけど、精神的な意味では人間は退化したんでしょうね…。僕が好きな本「パパラギ」の主人公で、ポリネシアの先住民の酋長ツイアビはこう言ってました。「パパラギ(白人、文明人)はヤシの木が自分の家の前に生えているだけで『このヤシは自分のものだ』という。頭がおかしいのではないか?ヤシは自然に生えたもので、神様の恵みではないか?」というツイアビの言葉が思い出されます。

…このように、この「所有」「資本主義」というバーチャルなルールは、大局的に見れば人間を不幸にしてるのは明らかだと思うんですが、まあそれでもまだ当分は続くんでしょうねえ…。「勝ち組」の連中ががっちり既得権益を維持するために頑張ってますから。

ただ、近頃ちょっと興味深いニュースがありました。マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が段階的に退任をして、慈善事業に専念するんだとか。マイクロソフトと言えば勝ち組企業の代表、しかもパソコンOSで圧倒的なシェアを持つことを利用して、その周辺でも手段を選ばない市場の独占を目指して来た、いわば資本主義のえげつなさを最も体現した企業でもあります。そのトップであり、長年世界の長者番付の1位を続けていたゲイツ氏が引退するというのは、一体どういう心境の変化なんでしょうか?事情はよく知らないんですが、本音を述べたインタビュー記事でも出たら是非読んでみたいですね。おそらく常に競争に駆り立てられ続けた彼の人生は、ものすごく苦しかったんじゃないかと思います。ある種、かわいそうな人です。さすがにもう50歳を迎えて、こんな人生がこれから先もずっと続くなんて、ほとほと嫌になったのかもしれません。ゲイツ氏の本音は分かりませんけど、何か一つの時代が終わったような、時代が変わって行く象徴的な出来事のような気もしますね。近い将来、長者番付にのるような金持ちであること、シェアを独占すること、とんでもない利益を上げること…こうしたことは人間として恥ずかしいことなんだということが常識になる時代が来るんじゃないでしょうか?…来て欲しいんですけど(笑)。

2006年8月30日 (水)

真の幸福とは?

本当の幸福とは何でしょうか?高度経済成長時代から1980年代のバブル経済絶頂の頃までは、我が国では「物質的に豊かになること=幸福」という価値観が一般的コンセンサスとして存在していたようですが、現在では多くの人がこの価値観に疑問を感じるようになって来たのではないでしょうか?

しかしそれでもまだ、それに付随する価値観、例えば社会的に成功したいとか、才能が欲しいとか、美貌があれば、素晴らしい結婚相手が現れれば…それとも世界で一番愛してるあの人が自分のものになれば、とか…そういうこの物質世界における何らかの「他の人より優れたもの」や「憧れ、夢の対象」が手に入れば自分は幸せになれる、と信じている人は多いのではないかと思います。中には未だに即物的に「世界一の金持ちになることが最高の幸せ」と信じて生きて来たホリエモンのような人もいます。(もろくも崩壊しましたけどね。)これらの考え方の共通点は、一言で言えば「夢を実現すれば自分は幸せになれる」ということです。

ですが僕は今ははっきりと思います。こうしたものをいくら手に入れても、どれだけ夢を実現しても、人間は幸せにはなれない、と。そんな馬鹿な、と思うかもしれません。それじゃあ人間は何のために日々頑張って生きているんだ?…って。でもよく考えてみてください。はたから見てうらやましいとしか言いようがないほど恵まれた人生を生きているのに、本人は不幸という実例はいくらでもあります。例えばダイアナ妃。あれだけの美貌を持ち、王位継承者と結婚したんです。「素晴らしい結婚相手が現れれば、玉の輿に乗れれば自分は幸福になれる」と思ってる女性の皆さんからみれば、まさに世界最高の「成功者」でしょう。ところがその後の彼女の人生は、およそ幸福とは言えないものであったことはご存知の通りです。別の例では米国の歌手のマライア・キャリー。7オクターブの声域を持つと言われ、ポップスの分野であれほどの歌唱力を持つ人は世界中探してもほとんどいないでしょう。商業的にも世界のポップス界の頂点に立ったと言えるほどの成功を手にしています。ですが、彼女は自殺未遂をしていますよね。それだけの成功を手中にしても、彼女は不幸だったんです。

かくいう僕もそのことを身をもって体験して来ました。僕のブログを現在のタイトルになる前から知っている人ならご存知の通り、僕は長いこと音楽をやって来た人間です。10年ちょっと前にある音楽ユニットを結成し、それなりの成功体験をして来ました。(もちろんマライア・キャリーと比べればささやかなものですが(笑)。)その後色々あって昨年そのユニットは解散したのですが、今振り返ってみると、一番成功していた時を思い出してみても、自分はちっとも幸福ではありませんでした。社会的にはある程度の成功をしたとは言っても、決して余裕はありませんでした。どうしたらもっと成功出来るか?どうしたら落ち着いて自分たちが満足出来る音楽活動が出来るか…次の一手は?頭の中は常にそんなことで一杯で、一時も心が休まることはありませんでした。常に何かに追い立てられるように、余裕のない中で仕事をこなし、最後まで「これで満足」と言えるものを感じることはありませんでした。むしろ音楽活動から距離を置いている現在の方が安らぎに満ちていると言えるでしょう。

成功の絶頂体験をしている人ほど、一方ではどん底を味わっているものです。マスコミでは普通成功者が絶頂にある時にスポット・ライトをあて、その人が「どん底」の時には見向きもしません。また誰だって自分が苦しんでいるところ、格好悪いところは人に見せたくないと思うのが人情です。ですから多くの人は成功者の絶頂の時だけを見てうらやましい、自分もああなれれば、と考えがちですが、実際は「絶頂体験」が高いほど、「どん底」も深いと言えるのではないでしょうか。僕ですらそれを味わっているのですから、増してマライア・キャリーやマイケル・ジャクソン並みの成功者の苦悩はいかほどか…それが彼らを自殺未遂や奇行に追い込むことも想像に難くありません。(最近俳優のトム・クルーズも「奇行」を理由に映画会社から契約を打ち切られたそうですね。)夢を追いかけて、努力に努力を重ね、ついに人もうらやむほどの「成功」を手中にしても、その中に幸福はないのです。今の僕はそれが断言出来ます。やっと手に入れたと思った「幸福」は、いつの間にか蜃気楼のように消えてしまいます。それは幻でしかなかったのです、最初から。

では、「真の幸福」とは何でしょうか?それは「揺らぐことのない心の平安」です。私たちが住んでるこの物質世界で一見どんなに幸福そうな、あるいは不幸そうな出来事が起こったとしても、そんなことに全く影響を受けることなく、心が常に高いレベルで安定し、平安であること…これが本物の幸福です。

さて、これを読んでいるあなたにはこのことが信じられるでしょうか?信じられないという人が大半かもしれません。それはそれで結構ですが、どうか僕がここに書いたことを頭の隅に覚えておいてください。そして頑張って是非それぞれの人生の目標、夢を達成してください。「夢が実現」して、その「成功者」としての人生を十分味わった時に「ああ、あれはこういうことだったのか」ときっと分かっていただけると思います。

P.S.「揺らぐことのない心の平安」を達成した上で、社会的にも成功している人ももちろんいらっしゃいます。「成功者は皆心の中は不幸だ」と言ってるのではありません(^^;)。幸福になるために夢を追い求めるのではなく、「幸福な心の状態」になったから結果として幸福な現象があとからついて来た、気がついたら夢が実現していた…これが本来のあるべき姿だと思うのです。

2006年8月19日 (土)

分ち合いで成り立つ世界 - 3

さて、サーバー・クラッシュ&リニューアル以後の初めての投稿は、1ヶ月以上も間が空いてしまいましたが、「分ち合いで成り立つ世界」の3回目です。もう誰も覚えていないと思いますのでちょっと復習で下記を覗いてみてください…(^^;)。

分ち合いで成り立つ世界 - 1
分ち合いで成り立つ世界 - 2

2回目の最後は「結局資本主義も共産主義も人間を幸福にはしなかった」という話で終わっていました。では、長島龍人さんの「お金のいらない国」のような理想社会はどうやったら実現するのでしょう?

結論を言うと、法律とか政治・社会体制をいくら「理想的」にしてもダメだと僕は思います。前回「マルクスが資本論で描いた理想自体は美しいものだ」と書きました。理想通りに事が運べば旧ソ連などの社会主義国は「お金のいらない国」のような素晴らしい社会を実現していたかもしれません。ですが、現実にはそうはならなかった。20年ほど前、ゴルバチョフが登場してペレストロイカ政策を始めるまではソヴィエト連邦という国は今の北朝鮮以上に、不気味でコワ〜い国でした。(大韓航空機撃墜事件、覚えてます?領空侵犯を理由に、民間の旅客機をソ連軍機が撃墜してしまうという前代未聞の事件でした。)現在の北朝鮮もそうですが、こんな国で暮らす国民が幸せだとはとても思えません。「全てを平等に分かち合う」という理想は結局共産党の腐敗により、一部の特権階級が甘い汁を吸い、それ以外の一般人は「平等に貧しい」というだけのものになってしまいました。そして1990年代の初頭、旧ソ連をはじめとする共産主義国は次々と崩壊して行きました。

彼らは美しい理想を抱きながらも、その理想を実現する手段をはき違えたのだと思います。すなわち、暴力的な革命でもなんでも、理想を実現するための政治・社会体制を作ってしまい、国民を強制的にその制度に従わせれば良い、という考え方です。(スターリンは革命のために2000万〜5000万人もの人々を虐殺・粛正したと言われています。)しかし、それではダメなんです。本当に革命を起こすべきなのは人々の「意識」でしょう。

現在のほとんどの人間が考える「成功」は、文字通り物質的に豊かになることです。すなわちお金持ちになることや、社会的に成功することが現在の意識レベルの人間にとっての「成功」であり「幸福」なんですね。ですから地球上の限られた物質、富をめぐって「奪い合い」がおこるのは当然のことです。資本主義とは、その「弱肉強食の奪い合い」を前提としてルール化したものだといえるでしょう。共産主義はそれに対するアンチテーゼとして出て来たわけですが、いくら「分かち合い」のルールを作っても人間の意識レベルが低いうちは、いずれ形骸化して腐敗して行くのは目に見えています。

さらにある程度ルールに乗っ取った上での「奪い合い」ならまだいいですが、それでもどうしようもなくなると戦争という最終手段に出ることになります。今も中東情勢は、いつ第三次世界大戦につながってもおかしくない状態です。またみんながみんな自分が物質的に豊かになることしか考えず、地球全体の限界を無視しているため、様々な環境問題が吹き出しています。環境問題とは地球が人類に「お前らいい加減にせーよ!これ以上は面倒見切れん!!」と悲鳴を上げている状態です。こちらも遠くない将来、限界が来て大変なしっぺ返しが来るでしょう。…これが現在の人類の意識レベルが作り上げた世界の現状です。

では、どうすれば「お金のいらない国」のような、分ち合いで成り立つ世界は実現するのでしょうか?今の現状を考えると、ものすごい試練を通過しない限り難しいのではないかと思います。人間は逆境を経験してこそ成長するという面がありますから、ある意味ではそれも仕方ないのかもしれません。それが第三次世界大戦か、金融・資本主義の崩壊か、映画「デイ・アフター・トゥモロー」のような世界的な環境の大破綻か分かりませんが、そうした試練を経て、今までの自分たちの愚かさがほとほと嫌になり、その「絶望」を乗り越えてはじめて、新しい世界が見えてくるのではないでしょうか。

2006年7月11日 (火)

分ち合いで成り立つ世界 - 2

…少し間が空いてしまいましたが、続きです。

さて、どうやって「お金のいらない国」「分ち合いで成り立つ世界」を成立させるかということですが、長島龍人さんの「お金のいらない国2」の中にちょっとしたヒントが与えられています。この部分です。

「私たちの世界でも、国によっては学校も病院もタダっていうところもあるんですよ」
「ほう。どうやっているんですか?」
「税金が高いんですよ。税金というのは自分の収入から国に納めるお金なんですけどね。その国は税率が50%くらいなんです。でも、その国の人たちはあまり文句を言わないし、うまく行ってるみたいです」
「じゃあ、その国の真似をすればいいじゃないですか。いっそのこと税率を100%にしてしまえば…」
「ええ!…ああ、でもそうか。そうすれば確かに、お金のいらない国になりますね」
「でしょう?どんな仕事をしていくらもらっても、全部、国に渡してしまうなら差はつかない」

この「税率50%の国」はスウェーデンなどの北欧諸国のことを言ってるのだと思いますが、確かに理屈ではそのやり方を極端に押し進め、税率を100%にして、そのかわり生活に必要なものは全て無料で手に入るということにすれば、「お金のいらない国」は成立しそうです。

でも実際に日本でこれをやったとして、うまく行くでしょうか?僕はそうは思いません。例えば昨今の社会保険庁のていたらくを見てください。わずか月数万円の健康保険、年金の運用ですら、役人は公正に扱うことが出来ていません。一昔前は「官僚」と言えば「国を動かしているエリート集団」というイメージがありましたが、今やそのイメージは地に堕ち「官僚とは利権をあさり、自分たちの利益のために不正をするもの」という感すらあります。そんな奴らに私たちが働いたお金を100%渡してその管理をさせたとしても、みんなが幸せになるような運用が出来るでしょうか?…まあ無理ですよね。それどころか、普通は税金なんて減らせるものなら1円でも安い方がいいと思ってるでしょう(笑)?

実際にこうした考え方で国の仕組みを作って失敗した例が既にあります。言うまでもなくかつての「共産主義国」がそれです。マルクスが資本論で描いた理想はほぼこの「税率100%の国」と同じようなものでしょう。その理想自体は美しいものだと思います。しかし実際に出来上がった共産主義国は、一部の特権階級が権力や富を握り、それ以外の一般民衆は「平等に貧しい」というものでしかありませんでした。日本を「税率100%、そのかわり必要なものは何でもタダで手に入る国」にしようとしても、結果は失敗した共産主義国と大差ないでしょう。今やほとんど共産主義は絶滅しつつあります。一応中国は今でも大国として残っている共産主義の国ですが、経済の実態はほとんど資本主義と変らないものになっていることは周知の事実。北朝鮮という国は共産主義の最も歪んだ形の実例として残っていますが、ごらんの通り崩壊寸前です。

では資本主義も共産主義も人間を幸福にしない、ということがはっきりした今、「お金のいらない国」のような理想を実現するためにはどうしたらいいんでしょうか…?

続く

2006年7月 5日 (水)

分ち合いで成り立つ世界 - 1

「世界を救うのは、分かち合いによってしかあり得ない」と主張している人がいます。僕はかなり前からこのことを真剣に考えていました。つまり「分かち合わない=所有権の主張」を前提としていて、お金による価値の流通、すなわち「金融資本主義」という仕組みで世の中が動いているうちは世界は救われない、ということだと思います。下記のリンクをちょっと覗いてみてください。

お金のいらない国
お金のいらない国2

これは長島龍人さんという人が書いた架空の物語ですが、僕は非常に感銘を受けました。ネットには途中までしか載ってませんが、興味を持った方は是非本を買って読んでみてください。僕は世界がこんな風になったら、どんなに素晴らしいだろう、と真剣に思います。これは「所有」という概念がない世界です。お金、貨幣というのは所有権を前提として、それを交換するためのツールですから「所有」という概念が存在しない世界では、お金が必要ないのは当たり前です。

ですが、我々が住んでいる現実のこの世界は、こういう風には出来ていません。現実はこうです。

もし世界が100人の村だったら

数年前に大きな話題になったので、この「もし世界が100人の村だったら」を読んだことのある人もいらっしゃるでしょう。現実は世界の80%の富や資源を20%の先進国が独占しています。あとの80%の人々は残り20%の富・資源を分け合ってやっとの思いで生活しています。穀物を例にとれば、世界で年間 19億トン生産されています。これは世界中の人が生きていくのに必要な量のおよそ2倍になります。つまり食料が足りないので餓死する人が出るのではありません。世界には全ての人間が食べて行くのに十分な食料があるんです。にもかかわらず餓死する人が大量に出るのは、豊かな国(特に日本)が世界中の食料を独占的に買い集め、余ったものを大量に捨てているからです。もし豊かな国が捨てている分の食料を貧しい国に届けることが出来れば、それだけで明日にでも世界の食料問題は解決します。問題は豊かな国の側に「分かち合おうという気がない」ことです。豊かな国はいくらでも食料を買える、貧しい国はそれが出来ない。たったそれだけの理由で世界中で年間1500万人の人たちが餓死して行きます。

今日本では「勝ち組、負け組」などと良く言いますが、世界全体を見れば日本人に生まれただけで間違いなく「勝ち組」です。飢え死にしたり、戦争に命を脅かされたり、住むところがなかったりなんていう心配はほとんどありませんからね。もちろん日本の国内を見れば、その中にまた「勝ち組、負け組」はあるわけですが。

このように著しい不平等、差別を生んでいるのが「資本主義」という仕組みです。資本主義というのは才覚があれば誰でもお金持ちになれる、誰にでも平等にチャンスがあるという風に思われがちですが、実際はそうではありません。資本主義は300年ほど前の「勝ち組」が自分たちの支配の構造を確固たるものにするために、自分たちに都合がいい世の中の仕組みを作ったものです。それが今日まで続いていて、彼らの思惑通り300年前の勝ち組は今でも勝ち組です。一握りの強者が多くの弱者を踏みにじることによって成り立っているのが「資本主義」の構造です。世の中がこの構造の上に乗っかっている限り、彼らの支配は崩れないでしょう。「お金のいらない国」のような世界を実現するのは、夢のまた夢です。

長島龍人さんの「お金のいらない国」では、主人公がある日突然タイムスリップして、「お金のいらない国」に迷い込むという設定になっています。どうしたら我々の住む今のこの世界を「お金のいらない国」のように変えることが出来るか、ということについては触れられていません。次回は「どうやってお金のいらない国を実現するか?」ということについて考察してみます。

続く