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書籍・雑誌

2009年9月26日 (土)

神へ帰る/ニール・ドナルド・ウォルシュ

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著者:ニール・ドナルド ウォルシュ
翻訳:吉田 利子
サンマーク出版 ¥2,100

小さな魂と太陽」という寓話でも知られたニール・ドナルド・ウォルシュ氏の著書、「神との対話」シリーズに僕が出会ったのは、10年以上前の話です。一時はハマりまくって、シリーズの全部を読みました。特に最初の「神との対話1〜3」の三部作は何度繰り返し読んだか分からないほどです。(少なくとも各巻10回以上は読んでいるでしょう。)

それほどハマった「神との対話」シリーズを、一度僕は完全に捨てました。理由はある霊的指導者の言説に傾倒したせいですが、最近またウォルシュ氏の著書に関心が戻ってきたので、この本を注文してみました。本書「神へ帰る」は僕が「神との対話」シリーズから遠ざかっていた2007年の8月に出版されたものです。

ページを開くと、生まれ故郷に戻って来たかのような懐かしさがこみ上げてきました。「全ては一体である」「地獄は存在しない」「私(神)はあなた方(人間)に天使だけを送った」「あなた方自身が自らの体験する現実を作っている『創造者』なのであり、『神』なのだ」…こうしたシリーズに共通する世界観はちっとも変わっていません。本書でスポットが当てられているのは「死生観」。すなわち、死んだらどうなるのか、輪廻転生はどんなメカニズムで起こるのか、「あの世」で私たちはどんな意識状態になるのか…こういった内容です。いわば、ニューエイジ版「チベットの死者の書」といったところでしょうか。それまでのウォルシュ氏の著書を全部読んで受け入れている人にとっても、驚愕の目からウロコが何枚も落ちる内容だと思います。この世界観から遠く離れたところを数年間さまよっていましたが、その経験によって本書の内容がむしろ深く理解出来たような気がします。「ここに戻って来れて良かった」…素直に、心からそう思いました。

ウォルシュ氏を通じて語る「神」はポイントを箇条書きにして語るのが得意です。本書でも「思い出すこと」として18の項目が挙げられています。「思い出す」というのは、私たち人間は神(ここで言う神は多神教的な人格神ではなく、一神教的な全宇宙を創造した究極の神を指します。)と一体ですから、本来全知全能なんだけど、それでは「自分自身を知る」体験が出来ないので、一時的にそれらを消去して物質的な世界に生まれて来る…すなわち本来人間が新たに学ぶべき事は何もなく、ただ「思い出せばいい」…という概念に基づいています。その18の「思い出すこと」をここでご紹介しましょう。

  1. 死とは、あなたが自分のためにすることである。
  2. あなたの死を引き起こすのは、あなた自身だ。いつ、どこで、どんなふうに死ぬのであっても、これが真実だ。
  3. あなたは自分の意志に反して死ぬことはない。
  4. 「わが家」へ帰る道の中で、他の道より特に良い道はない。
  5. 死は決して悲劇ではない。死はつねに贈り物である。
  6. あなたと神は一つである。両者の間に分離はない。
  7. 死は存在しない。
  8. あなたは「究極の現実」を変えることは出来ないが、それをどう経験するかは変えられる。
  9. 「すべてであるもの」が「自らの経験」によって「自らを知ろう」とする欲求。それが全ての生命/人生の因(もと)だ。
  10. 生命は永遠である。
  11. 死のタイミングと状況はつねに完璧である。
  12. 全ての人の死は、つねにその死を知るほかの全ての人の課題(アジェンダ)に役立つ。だからこそ、彼らはその死を知る。従って「無益な」死は(生も)ひとつもない。誰も決して「無駄死に」はしない。
  13. 誕生と死は同じ事である。
  14. あなたがたは人生/生命においても死においても、創造行為を続けている。
  15. 進化に終わりなどというものはない。
  16. 死から引き返すことが出来る。
  17. 死んだら、あなたがたは愛する人全てに迎えられるだろう。あなたより前に死んだ人と、あなたよりあとに死ぬ人たちに。
  18. 自由な選択は純粋な創造行為であり、神の署名であり、あなたの贈り物であり、あなたの栄光であり、永劫のあなたの力である。

…いきなり読むと「なんだこれ??」と思うかもしれませんが、神との対話シリーズ、そして本書を理解すると、これらの18項目がいかに完璧な美しい概念であるかが分かります。…特に16、17あたりがミソかな。

「神との対話」三部作のどこかにあったけど、ウォルシュ氏を通じて語る神は「この本の内容を信じるな」と言っています。以前は今ひとつ飲み込めなかったけど、今はこの言葉の意味がよく分かります。神は「出来合いの信念をこの本に書かれている内容と入れ替えるだけなら、何の意味もない。だからこの本を信じるな」と言います。そう、自分以外の誰かが語る宗教、精神世界、目に見えない世界の事を頭から「信じる」ことには何の意味もないのですよ。たとえそれがどれほど権威ある、有名な聖者の言葉であったとしても。それどころか、むしろそれはその人を真実から遠ざける事にしかならないでしょう。肝心なのは自分自身の「内なる神」とつながる事、そして神と自分が一体である事を理屈でなく、感覚、体験としてつかむ事です。さらに誤解を恐れずに言うなら、「自分自身が神である」と悟る事…これでしょうね、目指すべきところは。

僕は今、毎日「アワの歌」を歌っていて、その神秘的、驚異的な力を日増しに感じているところですが、それにしたってアワの歌、ホツマツタエを「神」として崇め奉っても何の意味もないと思うんですよ。それらは「神と自分は一体である」という意識に到達するためのツールなんですから。ツールは使いこなす事に意義があるんであって、それ自体をありがたがって崇拝しても無意味でしょう。もちろん、この本も同じですね。だから「この本を信じるな」と言う話になるわけです。本当の意味での霊的な「権威」は、自分自身の中にしかないのですから。

本来、宗教とはそうした「自分自身の真実、内なる神につながるためのツール」だったのだと思いますが、時代を経るにつれ、その本質が失われて、時の権力と結びつき、人々を支配する手段に堕落して行ったのでしょう。曰く「神の心にかなわない行いをすると、地獄に堕ちるぞ」とか「大変なマイナスのカルマを背負うことになるぞ」といったお決まりの脅し文句ですね。頭からその宗教なり、教義なりを信じ込んで洗脳されてしまった人はそれで完全に支配され、言いなりになってしまいます。でも「神との対話」シリーズでさんざん語られている事ですが、この宇宙には「地獄」も「マイナスのカルマ」も存在しません。そんなものは幻想に過ぎないのです。

宗教が人間を操り、支配する手段として使われる時代は、もうすぐ終わりだと思います。今世の中を見渡してみると、少数の権力者が多数の人間を支配する「ピラミッド型の支配構造」が崩れる音があちこちから聞こえてきます。つい先日の日本の政権交代、世界中で今も進行している金融崩壊もその現れの一つでしょう。もうすぐ、すぐそこに神も人間も、全てのものが一体となり、「存在の全て」、至福の世界に帰って行く…そんな時代がもうすぐやって来る…僕は今そう思っています。

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2006年8月25日 (金)

あるヨギの自叙伝

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パラマハンサ・ヨガナンダ 著
森北出版

パラマハンサ・ヨガナンダ……数多いインドの高名なヨガ行者の中でも、特に僕が心を惹かれる人です。既に50年前にこの世を去っていますが、本書を読むとつい最近まで生きておられたかのような錯覚を覚えます。超弩級のアヴァター(解脱者)ですが、それでいて「近寄りがたい」とか「雲の上の人」というイメージがあまり無く、親しみやすさを感じさせるキャラクターの持ち主です。本書ではヨガナンダ師の生い立ちから修業時代のさまざまなエピソード、師スリ・ユクテスワとの出会い、ヨガを西洋に伝えるため、たった一人でアメリカに旅立って行くエピソードなどが飾らない文体で書き記されています。中には人間臭い失敗談などもあって、それが親しみやすいイメージにつながっているんでしょうね。

内容は全編これヨガの叡智という感じですが、特に興味深かったのはヨガナンダの師、スリ・ユクテスワが一度死んでから復活し、ヨガナンダと再会するくだり。復活と言っても霊視能力のあるヨガナンダが霊体の師と再会したんだろう…と思ったんですが、さにあらず。次のような記述があります。

そしてそこに血の通った肉体の姿のスリ・ユクテスワを見たとき、私は狂喜の波に包まれてしまった。「私の息子よ」先生は、天使のような魅惑的な微笑みをたたえながら、やさしく言われた。私は、先生に対して初めてひざまずいて挨拶をすることも忘れて、いきなり駆け寄ると、飢えたように先生をしっかりと両腕に抱き締めた。
     <中略>
「でも、これは本当に先生なのですか?あの神のライオンでいらっしゃった先生なのですか?先生が今着ておられるこの肉体は、私がプリの庭に埋葬したあの肉体と全くそっくりですが」
「そうだ、子供よ、全くそっくりだ。これは血の通った肉体だ。私の目にはエーテルのように希薄に見えるが、お前の目にはまぎれもない肉体に見えるだろう。私は、宇宙原子から全く新しい体を作ったのだ……お前の住んでいる夢の世界の、プリの夢の砂地にお前が埋葬してくれたあの私の夢の肉体と全く同じ体を…。私は本当に復活したのだ」
     <中略>
先生はおかしそうに笑われた。「ヨガナンダ、すまないがもう少し腕を緩めてくれないか」「ほんの少しだけですよ」私は、たこのようにしっかりと先生にしがみついていた。私にはほのかななつかしい先生特有の快い体臭が感じられた。

…このようにスリ・ユクテスワははっきりと「肉体を持って」復活しているのです。イエス・キリストが十字架にかかって三日後に復活したように。…どうやらこのクラスの超弩級の聖者になると、そんなことは朝飯前のようですね(笑)。この会話の中でユクテスワは「お前の住んでいる夢の世界」「プリの夢の砂地」「私の夢の肉体」…と、お前たちのいる現象界、物質界こそ「夢」なのだと強調しています。肉体を去ってから帰る「あの世」の方こそ実体なのだと。とすれば、実体のある世界から、「夢」であり「影」「幻」のようなこの世の肉体を復活させてみせることなど、彼らにとっては雑作ないことかもしれませんね。

それから僕も最近知ったのですが、ヒンドゥー教のスワミ(僧)が講話をする時に、キリスト教の聖書から話を引用することが結構多いんですよね。この本はヨガナンダがアメリカ人向けに書いたものなので、特にその部分を増やしてるのかもしれませんが、それにしても仏教のお坊さんが聖書から引用して講話をするなんてことはちょっと考えにくいです。こういうところがヒンドゥー教の懐の深さが感じられて、僕の好みですね(笑)。宗教の嫌なところは、すぐに「独善」に陥って自分が信じている先生(教祖)、自分が信奉している教えが最高で、他のものは邪教である、または劣っている…という「閉じた世界」に陥りがちなところです。最悪の場合は「だから邪教を信じるものは殺して良いのだ、その方が彼らのためだ」となり、宗教戦争やテロにつながります。(そう考えるアンタが邪教だっての(^^;)。)その点ヒンドゥー教のスワミはいいものはいいのだと認め、イエス・キリストを聖者として扱います。この辺にもヒンドゥー教のレベルの高さを感じます。相当自分に自信がなければ出来ないことでしょう。

巻末にマハサマディに入る1時間前のヨガナンダの写真が載っています。マハサマディとは、ヨギが瞑想状態のまま肉体を離れ、あの世に戻ることで、要するに自らの意志で肉体の「死」を選ぶわけですが、とても死を1時間後に控えた人間とは思えない、穏やかな微笑みをたたえています。彼にとっては肉体の死など「ちょっと向こうに行ってくる」ぐらいのものでしかないのでしょうし、本来この世に生まれる必要のないアヴァターなのですから、使命(ヨガナンダの場合は西洋にヨガの叡智を伝えること)が終わればもう肉体には何の執着もない、ということなのでしょう。

僕は正直言って今の地球のこの物質世界があまり好きではありません。絶えることのない戦争、飢餓、環境問題、弱肉強食の競争社会…物質世界は幻だと分かっていても、いささかうんざりです。…これは何かの罰ゲームか?なんで自分はこんな刑務所のような世界に閉じ込められてるんだ?…なんてね。できればさっさとマハサマディに入って解脱して、もう生まれ変わって来たくないのですが、僕のような凡夫がそこまで行くには、まだあと何百、何千回転生すれば良いやら…(^^;)。

 

2005年5月13日 (金)

寄生獣

昨日の「ガイア仮説」を書き終わって思い出したのがこの作品。10年ぐらい前に「アフタヌーン」に連載されていた漫画ですが、爆発的にヒットしたのでご存じの方も多いでしょう。僕も当時夢中になって読んだ作品で、この15年ぐらいで読んだ漫画としては最も面白かったと言っていいでしょう。

寄生獣―完全版 (1)

講談社
岩明 均

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これも広い意味で環境問題をテーマに取り上げた作品です。「ガイア仮説」で「地球が生命体なら、ガン細胞となってしまった人間を消してしまおうという、地球の『免疫機能』が働いたとしてもおかしくない」と書きましたが、この物語の設定はまさしくそれ。ただしその地球の「免疫機能」は天変地異ではなく、人間の「天敵」である新種の生物が現れるというもの。

ある日人間に寄生する奇妙な生物が現れる。それは寝ている間などに人間の体内に入り込み、脳を乗っ取る。すると本来の寄生された人間の人格が消滅し、代わりに寄生生物が脳となって全身を操るようになる。寄生生物は人間並みかそれ以上の知性と、人間を遥かに超える運動能力を持ち、瞬く間に人間の言葉を覚え、寄生した本人になりすます。そして自分が寄生したものと同種の生物、すなわち人間を片っ端から食い殺していく。天敵として登場した寄生生物の前では、人間はなす術もなく、次々と餌食になっていく。

主人公の高校生、新一は普通なら脳に寄生する寄生生物が、間違って右手に寄生してしまった変わり種。そのため人間である新一の脳が丸々生き残り、右手が変形しながら言葉をしゃべるという変った寄生形態になってしまう。やむを得ず奇妙な共同生活をはじめた右手の「ミギー」と新一だが、他の正常に脳を乗っ取った寄生生物から見ると新一たちは「危険な存在」と見なされ、問答無用で攻撃してくる。こうしてミギーと新一の生き残りをかけた壮絶な戦いの日々が始まっていく…。

大まかなストーリーはこんな感じですが、一つ一つの台詞やストーリーに深いメッセージ性があり、ぐいぐいと引き込まれていきます。環境問題の本質とは?そもそも「生きる」ってどういうことだ…?などなど、本当に考えさせられる作品です。そして、物語のクライマックス、人間対寄生生物の最終戦争が行われているとき、寄生生物の親玉が人間に向かって次のように演説します。  

  人間一種の繁栄よりも生物全体を考える!!
  そうしてこそ万物の霊長だ!!
  正義のためとほざくきさまら(人間)!!
  これ以上の正義がどこにあるか!?
  人間に寄生し、生物全体のバランスを保つ役割を担う我々から比べれば
  人間どもこそ地球を蝕む寄生虫!!
  いや……寄生獣か!

そう…作品タイトルの「寄生獣」はこの人間に寄生する新種の生物のことを言ってるんだと、作品の終盤まで読者の誰もが思ってるのですが、実は「寄生獣」とは人間自身のことだったのです。非常にブラックな視点ではありますが、これは環境問題の本質を的確に突いていると言えるでしょう。地球に寄生し、食いつぶすまで、自然の調和を無視した身勝手な行動をやめない「人間」という名の寄生生物。この演説に対して「そうではない、人間は間違っていない」ときちんと反論できる人が、果たしているでしょうか?

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2005年4月12日 (火)

私にとってオウムとは何だったのか

朝日新聞のサイトに興味深い書評をみつけました。元オウム真理教の幹部、早川紀代秀が綴った手記「私にとってオウムとは何だったのか」を取り上げたものです。その中に以下のような記述があります。

 たとえば麻原がポアの名目で肯定する殺人の論理は、あまりにも幼稚だ。一言でいうと、その人はほうっておくと悪業をなして地獄に落ちるから、その前に殺して救ってやる、というのだから。でも、こんな下らない論理に、ころりと騙されてしまう信者がいる。教団の肩書好きにも苦笑させられる。正悟師だの建設大臣だの。解脱なんて言葉が、ずいぶん安易に使われている。

 しかし、本当にオウムは私たちと違う人びとなのだろうか。ほうっておくと大量破壊兵器を使うかもしれないので、フセイン政権を潰して世界を救う、とブッシュは考えたが、どこが違う? 名刺に肩書をたくさん並べて誇らしげな人はどこにでもいる。血液型性格判断や占いを信じる人も多い。

 その意味で、オウムは世の中の縮図だ。オウムを問うことで、世の中が見えてくる。

「ほうっておくと大量破壊兵器を使うかもしれないので、フセイン政権を潰して世界を救う、とブッシュは考えたが、どこが違う?」という言葉が強烈です。多分、どこも違わないんでしょうね。その価値観を信じてる人が多いか、少ないか、自分は何を信じるかだけの違いでしょう。どちらも信じない私から見ると、どちらも同じぐらい「異様」に見えます。

でも「パパラギ」を書いたサモアの先住民の酋長、ツイアビから見れば現代の先進国文明の全てが異様で狂ってるように見えたでしょう。結局、全ての価値は相対的で、どこに自分の視点を置くかに過ぎない、ということなんでしょうね。で、自分の視点からみて相容れない価値観で生きている人は「異様」「狂ってる」ように見える、というだけのことでしょう。別の価値観から見れば「そう言うおまえの方が狂ってる」ということだってあるわけです。

自分もまた、どこかの誰かから見れば「狂ってる」んだ、ということを認識しておくことは、とても大切なことではないかと思います。

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2004年9月 6日 (月)

「電車男」書籍化

ここでも紹介したあの「電車男」のストーリーが本になるそうです。

こういう場合、誰が著作権を持つんだろうね?電車男氏はメインのライターだけど、たくさんの人の書き込みで成立してるわけだし…。誰も著作権を持たず、出版社丸儲け…?それも変な話。せめて売り上げの一部をNPOに寄付するとかしたらどうかな?

2004年7月 9日 (金)

絵本「戦争のつくりかた」が好評、1万2000部完売−−増刷中

絵本「戦争のつくりかた」が好評、1万2000部完売−−増刷中(毎日新聞)

「戦争を放棄する国」だった日本が、どんな風にして「戦争が出来る国」になって行くかを子供にも分るように解説した絵本「戦争のつくりかた」が売れてるそうです。初版、改訂版計1万2000部はたちまちなくなり、増刷を続けているとか。Web上でも公開しているので、是非一度は目を通してみてください。

今、選挙の争点は年金問題がクローズアップされてるけど、それよりももっと数段重要でヤバいことが目立たない形で進行してる、ということがよくわかると思います。大人でもハッと気付かされる人が多いんじゃないかな?1000万部ぐらい売れて欲しい本ですね。

このヤバい流れを進めてるのが現在の政権与党、小泉内閣だということをお忘れなく…。曽我ひとみさんが家族と再会出来たのは良かったけど、それとこれは別問題。もう小泉流パフォーマンスには騙されないぞ!