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2006年8月25日 (金)

あるヨギの自叙伝

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パラマハンサ・ヨガナンダ 著
森北出版

パラマハンサ・ヨガナンダ……数多いインドの高名なヨガ行者の中でも、特に僕が心を惹かれる人です。既に50年前にこの世を去っていますが、本書を読むとつい最近まで生きておられたかのような錯覚を覚えます。超弩級のアヴァター(解脱者)ですが、それでいて「近寄りがたい」とか「雲の上の人」というイメージがあまり無く、親しみやすさを感じさせるキャラクターの持ち主です。本書ではヨガナンダ師の生い立ちから修業時代のさまざまなエピソード、師スリ・ユクテスワとの出会い、ヨガを西洋に伝えるため、たった一人でアメリカに旅立って行くエピソードなどが飾らない文体で書き記されています。中には人間臭い失敗談などもあって、それが親しみやすいイメージにつながっているんでしょうね。

内容は全編これヨガの叡智という感じですが、特に興味深かったのはヨガナンダの師、スリ・ユクテスワが一度死んでから復活し、ヨガナンダと再会するくだり。復活と言っても霊視能力のあるヨガナンダが霊体の師と再会したんだろう…と思ったんですが、さにあらず。次のような記述があります。

そしてそこに血の通った肉体の姿のスリ・ユクテスワを見たとき、私は狂喜の波に包まれてしまった。「私の息子よ」先生は、天使のような魅惑的な微笑みをたたえながら、やさしく言われた。私は、先生に対して初めてひざまずいて挨拶をすることも忘れて、いきなり駆け寄ると、飢えたように先生をしっかりと両腕に抱き締めた。
     <中略>
「でも、これは本当に先生なのですか?あの神のライオンでいらっしゃった先生なのですか?先生が今着ておられるこの肉体は、私がプリの庭に埋葬したあの肉体と全くそっくりですが」
「そうだ、子供よ、全くそっくりだ。これは血の通った肉体だ。私の目にはエーテルのように希薄に見えるが、お前の目にはまぎれもない肉体に見えるだろう。私は、宇宙原子から全く新しい体を作ったのだ……お前の住んでいる夢の世界の、プリの夢の砂地にお前が埋葬してくれたあの私の夢の肉体と全く同じ体を…。私は本当に復活したのだ」
     <中略>
先生はおかしそうに笑われた。「ヨガナンダ、すまないがもう少し腕を緩めてくれないか」「ほんの少しだけですよ」私は、たこのようにしっかりと先生にしがみついていた。私にはほのかななつかしい先生特有の快い体臭が感じられた。

…このようにスリ・ユクテスワははっきりと「肉体を持って」復活しているのです。イエス・キリストが十字架にかかって三日後に復活したように。…どうやらこのクラスの超弩級の聖者になると、そんなことは朝飯前のようですね(笑)。この会話の中でユクテスワは「お前の住んでいる夢の世界」「プリの夢の砂地」「私の夢の肉体」…と、お前たちのいる現象界、物質界こそ「夢」なのだと強調しています。肉体を去ってから帰る「あの世」の方こそ実体なのだと。とすれば、実体のある世界から、「夢」であり「影」「幻」のようなこの世の肉体を復活させてみせることなど、彼らにとっては雑作ないことかもしれませんね。

それから僕も最近知ったのですが、ヒンドゥー教のスワミ(僧)が講話をする時に、キリスト教の聖書から話を引用することが結構多いんですよね。この本はヨガナンダがアメリカ人向けに書いたものなので、特にその部分を増やしてるのかもしれませんが、それにしても仏教のお坊さんが聖書から引用して講話をするなんてことはちょっと考えにくいです。こういうところがヒンドゥー教の懐の深さが感じられて、僕の好みですね(笑)。宗教の嫌なところは、すぐに「独善」に陥って自分が信じている先生(教祖)、自分が信奉している教えが最高で、他のものは邪教である、または劣っている…という「閉じた世界」に陥りがちなところです。最悪の場合は「だから邪教を信じるものは殺して良いのだ、その方が彼らのためだ」となり、宗教戦争やテロにつながります。(そう考えるアンタが邪教だっての(^^;)。)その点ヒンドゥー教のスワミはいいものはいいのだと認め、イエス・キリストを聖者として扱います。この辺にもヒンドゥー教のレベルの高さを感じます。相当自分に自信がなければ出来ないことでしょう。

巻末にマハサマディに入る1時間前のヨガナンダの写真が載っています。マハサマディとは、ヨギが瞑想状態のまま肉体を離れ、あの世に戻ることで、要するに自らの意志で肉体の「死」を選ぶわけですが、とても死を1時間後に控えた人間とは思えない、穏やかな微笑みをたたえています。彼にとっては肉体の死など「ちょっと向こうに行ってくる」ぐらいのものでしかないのでしょうし、本来この世に生まれる必要のないアヴァターなのですから、使命(ヨガナンダの場合は西洋にヨガの叡智を伝えること)が終わればもう肉体には何の執着もない、ということなのでしょう。

僕は正直言って今の地球のこの物質世界があまり好きではありません。絶えることのない戦争、飢餓、環境問題、弱肉強食の競争社会…物質世界は幻だと分かっていても、いささかうんざりです。…これは何かの罰ゲームか?なんで自分はこんな刑務所のような世界に閉じ込められてるんだ?…なんてね。できればさっさとマハサマディに入って解脱して、もう生まれ変わって来たくないのですが、僕のような凡夫がそこまで行くには、まだあと何百、何千回転生すれば良いやら…(^^;)。

 

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コメント

確かにこの人は超ド級だと思う。

親しみ安くド級度が高いといえば、「メッセンジャー」のダスカロスかなぁ。

あ、それそれ。

ダスカロスがキリスト教神秘学の流れの人だから、余計に僕にはなじみやすかったですよ。

著者が社会学者で、割と冷静に観察しながら書いていくスタンスも。

以前、ポリネシアン・・・のところでお邪魔させてもらった(笑)薫子です、こんばんは。

いつも良い内容のアップを、惜しげもなく(ホントに!!!)、ありがとうございます。時間もお金もエネルギーもかけて入手した情報を、こんな風に発信してくださるJoeさん、とてもありがたいことだと思っています。

今回、紹介された本、なんだか心惹かれ、買って読んでみました。良い本ですねー!読み物としても純粋におもしろく。心あたたかく、読んで幸せになるような内容でした。”至福に浸る聖女”(アナンダモイ・マー)が好きです。

余談ですが、私の大好きなお坊さんも、「他の宗教のことも勉強すべきだと私は思うのです」とおっしゃって、聖書にも詳しく、また、よばれれば、キリスト教の教会でお話されたりしています。

>ヒンドゥー教のスワミはいいものはいいのだと認め、
>イエス・キリストを聖者として扱います

うん、そのお坊さんも同じですー!^^

精神世界にはうといわたくしですが、またちょこちょこ遊びにこさせてください。
読むだけ(受け取るだけ)で、何もお返しができないのが申し訳ないのですけれども。

薫子さん、こんにちは。ブログサーバーがクラッシュしてしまい、薫子さんの以前のコメントは消えてしまいました。申し訳ないです…(^^;)。

いつも良い内容のアップを、惜しげもなく(ホントに!!!)、ありがとうございます。

自分が経験したことや考えたことを文章にまとめると、自分自身頭がスッキリと整理されて、理解が深まるんです。だから、このブログを書くことは基本的には自分のためなんですよ。いわば「写経」みたいなものかな。結果的にそれが読んでくださる方の何らかの役に立つならば、幸いです。

”至福に浸る聖女”(アナンダモイ・マー)が好きです。

本の中にヨガナンダ、マー、その旦那さんの3ショットで写った写真があるじゃないですか。どう見てもヨガナンダとマーの方が夫婦に見えると思いませんか(笑)?それにしてもマー様…色っぽ過ぎる…。

余談ですが、私の大好きなお坊さんも、「他の宗教のことも勉強すべき
だと私は思うのです」とおっしゃって、聖書にも詳しく、また、よばれ
れば、キリスト教の教会でお話されたりしています。

なるほど、仏教のお坊さんにもそう言う方がいらっしゃるのですね。これは僕の認識不足でした。僕も方法論や流儀に違いはあっても「この宇宙の本源にたちかえる道」という意味では、あらゆる宗教は通じ合うものがあると思っているので、本来お互いの優れたところを学び合うのが当然だと思いますね。

精神世界にはうといわたくしですが、またちょこちょこ遊びにこさせてください。

はい、いつでもどうぞ。ただ、僕自身は一般的な意味での「精神世界」からはむしろ遠ざかりつつあります。あの手のものはどうも「玉石混淆」でいい加減なものも多いと思われるので…。それよりもヨガナンダのような伝統的な宗教の流れを汲んだ「誰もが認める聖者」が残してくれたものから、直接学ぶのがベストじゃないかと思ってます。

こんばんは!サーバのクラッシュ後、復旧されて、とても嬉しかったです。わたくしのあほなコメントがとんだのは、全く問題ございません(笑)。

「写経」!
Joeさん、謙虚かつ、なんともおもしろすぎますっ・・・なぜかツボに入りました。

>どう見てもヨガナンダとマーの方が夫婦に見えると思いませんか(笑)?
>それにしてもマー様…色っぽ過ぎる…。きっと体癖は10−3

ねー!いいですよねー、マー様。
きっと、ヨガナンダさんに会って、マー様は「わ、お久しぶりです、嬉しいな、嬉しいなぁー」って心底嬉しくて、無邪気にすすす・・・と寄っていっちゃったんだろうなぁ、というのが、写真からもとーってもよく分かります。

聖女なのに、色っぽくて、きれいで、可愛くて、でも、かりそめの肉体を意識したことがなく、「わたしはいつもおなじです」と。”人はこのような徹底した単純さを忘れて、無数の議論の中で困惑している・・・”ほんとうだなー、と思います。

>これは僕の認識不足でした

ああっ、ごめんなさい!そんなつもりで書いたのでは決してないのです・・・。仏教のお坊さんにもこんな人がいるんですよー、ねー、なんだか嬉しいですよね?って、一緒に喜んでほしかっただけなのです。でも、コミュニケーションは、「受け手が決める」ですよね。言葉足らずで、ごめんなさい。

>方法論や流儀に違いはあっても「この宇宙の本源にたちかえる道」という意味では、
>あらゆる宗教は通じ合うものがある

>ヨガナンダのような伝統的な宗教の流れを汲んだ「誰もが認める聖者」が
>残してくれたものから、直接学ぶのがベストじゃないかと思ってます

わたくしも、そう思います!心から。
そういうところがピンとくるから、ここに遊びにきたくなってしまうのだと思います。^^

そうですよねー、へなちょこ系(?)のものから学んでいると、その瞬間は舞い上がっても、数年たったら、「あれは何だったのか・・・がっくし」と思うことになるんじゃないか、と思います。数年たっても、そう思わなかったら、それはそれでまた怖いけど。

長くなっちゃってごめんなさい!おやすみなさいー。

「写経」!
Joeさん、謙虚かつ、なんともおもしろすぎますっ・・・なぜかツボに入りました。

そ、そうっすか(^^;)。生まれついての「天然ボケ・キャラ」と言われている人間なので…(笑)

あなたもクリヤヨガの伝授を受けて体験してみればよろしいではないですか。続けるかどうかは自由ですが。

一時真剣にそれを考えてたこともありますが、今はもっといいものを見つけたので、関心が無くなってしまいました。

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