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2006年8月30日 (水)

真の幸福とは?

本当の幸福とは何でしょうか?高度経済成長時代から1980年代のバブル経済絶頂の頃までは、我が国では「物質的に豊かになること=幸福」という価値観が一般的コンセンサスとして存在していたようですが、現在では多くの人がこの価値観に疑問を感じるようになって来たのではないでしょうか?

しかしそれでもまだ、それに付随する価値観、例えば社会的に成功したいとか、才能が欲しいとか、美貌があれば、素晴らしい結婚相手が現れれば…それとも世界で一番愛してるあの人が自分のものになれば、とか…そういうこの物質世界における何らかの「他の人より優れたもの」や「憧れ、夢の対象」が手に入れば自分は幸せになれる、と信じている人は多いのではないかと思います。中には未だに即物的に「世界一の金持ちになることが最高の幸せ」と信じて生きて来たホリエモンのような人もいます。(もろくも崩壊しましたけどね。)これらの考え方の共通点は、一言で言えば「夢を実現すれば自分は幸せになれる」ということです。

ですが僕は今ははっきりと思います。こうしたものをいくら手に入れても、どれだけ夢を実現しても、人間は幸せにはなれない、と。そんな馬鹿な、と思うかもしれません。それじゃあ人間は何のために日々頑張って生きているんだ?…って。でもよく考えてみてください。はたから見てうらやましいとしか言いようがないほど恵まれた人生を生きているのに、本人は不幸という実例はいくらでもあります。例えばダイアナ妃。あれだけの美貌を持ち、王位継承者と結婚したんです。「素晴らしい結婚相手が現れれば、玉の輿に乗れれば自分は幸福になれる」と思ってる女性の皆さんからみれば、まさに世界最高の「成功者」でしょう。ところがその後の彼女の人生は、およそ幸福とは言えないものであったことはご存知の通りです。別の例では米国の歌手のマライア・キャリー。7オクターブの声域を持つと言われ、ポップスの分野であれほどの歌唱力を持つ人は世界中探してもほとんどいないでしょう。商業的にも世界のポップス界の頂点に立ったと言えるほどの成功を手にしています。ですが、彼女は自殺未遂をしていますよね。それだけの成功を手中にしても、彼女は不幸だったんです。

かくいう僕もそのことを身をもって体験して来ました。僕のブログを現在のタイトルになる前から知っている人ならご存知の通り、僕は長いこと音楽をやって来た人間です。10年ちょっと前にある音楽ユニットを結成し、それなりの成功体験をして来ました。(もちろんマライア・キャリーと比べればささやかなものですが(笑)。)その後色々あって昨年そのユニットは解散したのですが、今振り返ってみると、一番成功していた時を思い出してみても、自分はちっとも幸福ではありませんでした。社会的にはある程度の成功をしたとは言っても、決して余裕はありませんでした。どうしたらもっと成功出来るか?どうしたら落ち着いて自分たちが満足出来る音楽活動が出来るか…次の一手は?頭の中は常にそんなことで一杯で、一時も心が休まることはありませんでした。常に何かに追い立てられるように、余裕のない中で仕事をこなし、最後まで「これで満足」と言えるものを感じることはありませんでした。むしろ音楽活動から距離を置いている現在の方が安らぎに満ちていると言えるでしょう。

成功の絶頂体験をしている人ほど、一方ではどん底を味わっているものです。マスコミでは普通成功者が絶頂にある時にスポット・ライトをあて、その人が「どん底」の時には見向きもしません。また誰だって自分が苦しんでいるところ、格好悪いところは人に見せたくないと思うのが人情です。ですから多くの人は成功者の絶頂の時だけを見てうらやましい、自分もああなれれば、と考えがちですが、実際は「絶頂体験」が高いほど、「どん底」も深いと言えるのではないでしょうか。僕ですらそれを味わっているのですから、増してマライア・キャリーやマイケル・ジャクソン並みの成功者の苦悩はいかほどか…それが彼らを自殺未遂や奇行に追い込むことも想像に難くありません。(最近俳優のトム・クルーズも「奇行」を理由に映画会社から契約を打ち切られたそうですね。)夢を追いかけて、努力に努力を重ね、ついに人もうらやむほどの「成功」を手中にしても、その中に幸福はないのです。今の僕はそれが断言出来ます。やっと手に入れたと思った「幸福」は、いつの間にか蜃気楼のように消えてしまいます。それは幻でしかなかったのです、最初から。

では、「真の幸福」とは何でしょうか?それは「揺らぐことのない心の平安」です。私たちが住んでるこの物質世界で一見どんなに幸福そうな、あるいは不幸そうな出来事が起こったとしても、そんなことに全く影響を受けることなく、心が常に高いレベルで安定し、平安であること…これが本物の幸福です。

さて、これを読んでいるあなたにはこのことが信じられるでしょうか?信じられないという人が大半かもしれません。それはそれで結構ですが、どうか僕がここに書いたことを頭の隅に覚えておいてください。そして頑張って是非それぞれの人生の目標、夢を達成してください。「夢が実現」して、その「成功者」としての人生を十分味わった時に「ああ、あれはこういうことだったのか」ときっと分かっていただけると思います。

P.S.「揺らぐことのない心の平安」を達成した上で、社会的にも成功している人ももちろんいらっしゃいます。「成功者は皆心の中は不幸だ」と言ってるのではありません(^^;)。幸福になるために夢を追い求めるのではなく、「幸福な心の状態」になったから結果として幸福な現象があとからついて来た、気がついたら夢が実現していた…これが本来のあるべき姿だと思うのです。

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コメント

こういうのは、成功した人が言うから説得力あるよね。
でなきゃ、最近なら江原かぶれかと思われてしまう。
僕が言ったら遠吠えになってしまう。(苦笑

ところで、
幸福になるために夢を追い求めるのではなく、
「幸福な心の状態」になったから結果として幸福な現象が
あとからついて来た、気がついたら夢が実現していた…こ
れが本来のあるべき姿だと思うのです。

これこれ。これだね。神との対話も本来的には先にこう在れと言ってる。単なる成功メソッドに捉えてる人が多い気がするけどね・・・。

こういうのは、成功した人が言うから説得力あるよね。

僕が体験したのは「ささやかな成功」に「ささやかなどん底」だけどね(笑)。まあそれでも体験するとしないでは大違いだった。むしろ「ささやか」でなければ自殺未遂ぐらいしてたかもしれず、むしろラッキーだったかも(^^;)。

僕が言ったら遠吠えになってしまう。(苦笑

君はまだまだ若いんだし、これから何だって出来るさ。
特に作家なんて、50,60から花開く人だってたくさんいるんだし。
出来れば先に「心の平安」をつかんだ方がいいとは思うけど(笑)。
もちろん人智学はそのための良きガイドとなるでしょう。

幸福になるために夢を追い求めるのではなく、
「幸福な心の状態」になったから結果として幸福な現象が
あとからついて来た、気がついたら夢が実現していた…こ
れが本来のあるべき姿だと思うのです。

これこれ。これだね。神との対話も本来的には先にこう在れと言ってる。

ああ、そうだっけか。忘れてたよ(^^;)。
「幸福になりたいか?では幸福でいなさい。幸福とは心の状態だ」っていう、あのくだりか。確かに同じことを言ってるよね。僕はその文章を何十回と読んでるはずなのに、やっぱり自分で体験するまでは「本で読んだ話」「人から聞いた話」の理解度を出てなかったってことだね。人生って奥が深いよね…(笑)。

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