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2006年7月

2006年7月22日 (土)

養老孟司 環境スペシャル

ここ数日忙しくて、仕事にかかりっきりでした。原因はこの番組の音響効果を担当していたこと。でもその甲斐あってとても面白い番組になってると思います。

養老孟司“環境”スペシャル 人間の脳に潜む地球環境破壊のメカニズム 
  07/22(土) 後09:00>後10:54  BSジャパン

告知がギリギリになってしまって、もう今日の夜の放送なのですが、良かったらごらんください。「バカの壁」で有名な養老孟司さん独自の視点なのですが、環境問題がこういう切り口で語られたことは今までなかったと思います。

 

2006年7月11日 (火)

分ち合いで成り立つ世界 - 2

…少し間が空いてしまいましたが、続きです。

さて、どうやって「お金のいらない国」「分ち合いで成り立つ世界」を成立させるかということですが、長島龍人さんの「お金のいらない国2」の中にちょっとしたヒントが与えられています。この部分です。

「私たちの世界でも、国によっては学校も病院もタダっていうところもあるんですよ」
「ほう。どうやっているんですか?」
「税金が高いんですよ。税金というのは自分の収入から国に納めるお金なんですけどね。その国は税率が50%くらいなんです。でも、その国の人たちはあまり文句を言わないし、うまく行ってるみたいです」
「じゃあ、その国の真似をすればいいじゃないですか。いっそのこと税率を100%にしてしまえば…」
「ええ!…ああ、でもそうか。そうすれば確かに、お金のいらない国になりますね」
「でしょう?どんな仕事をしていくらもらっても、全部、国に渡してしまうなら差はつかない」

この「税率50%の国」はスウェーデンなどの北欧諸国のことを言ってるのだと思いますが、確かに理屈ではそのやり方を極端に押し進め、税率を100%にして、そのかわり生活に必要なものは全て無料で手に入るということにすれば、「お金のいらない国」は成立しそうです。

でも実際に日本でこれをやったとして、うまく行くでしょうか?僕はそうは思いません。例えば昨今の社会保険庁のていたらくを見てください。わずか月数万円の健康保険、年金の運用ですら、役人は公正に扱うことが出来ていません。一昔前は「官僚」と言えば「国を動かしているエリート集団」というイメージがありましたが、今やそのイメージは地に堕ち「官僚とは利権をあさり、自分たちの利益のために不正をするもの」という感すらあります。そんな奴らに私たちが働いたお金を100%渡してその管理をさせたとしても、みんなが幸せになるような運用が出来るでしょうか?…まあ無理ですよね。それどころか、普通は税金なんて減らせるものなら1円でも安い方がいいと思ってるでしょう(笑)?

実際にこうした考え方で国の仕組みを作って失敗した例が既にあります。言うまでもなくかつての「共産主義国」がそれです。マルクスが資本論で描いた理想はほぼこの「税率100%の国」と同じようなものでしょう。その理想自体は美しいものだと思います。しかし実際に出来上がった共産主義国は、一部の特権階級が権力や富を握り、それ以外の一般民衆は「平等に貧しい」というものでしかありませんでした。日本を「税率100%、そのかわり必要なものは何でもタダで手に入る国」にしようとしても、結果は失敗した共産主義国と大差ないでしょう。今やほとんど共産主義は絶滅しつつあります。一応中国は今でも大国として残っている共産主義の国ですが、経済の実態はほとんど資本主義と変らないものになっていることは周知の事実。北朝鮮という国は共産主義の最も歪んだ形の実例として残っていますが、ごらんの通り崩壊寸前です。

では資本主義も共産主義も人間を幸福にしない、ということがはっきりした今、「お金のいらない国」のような理想を実現するためにはどうしたらいいんでしょうか…?

続く

2006年7月 5日 (水)

分ち合いで成り立つ世界 - 1

「世界を救うのは、分かち合いによってしかあり得ない」と主張している人がいます。僕はかなり前からこのことを真剣に考えていました。つまり「分かち合わない=所有権の主張」を前提としていて、お金による価値の流通、すなわち「金融資本主義」という仕組みで世の中が動いているうちは世界は救われない、ということだと思います。下記のリンクをちょっと覗いてみてください。

お金のいらない国
お金のいらない国2

これは長島龍人さんという人が書いた架空の物語ですが、僕は非常に感銘を受けました。ネットには途中までしか載ってませんが、興味を持った方は是非本を買って読んでみてください。僕は世界がこんな風になったら、どんなに素晴らしいだろう、と真剣に思います。これは「所有」という概念がない世界です。お金、貨幣というのは所有権を前提として、それを交換するためのツールですから「所有」という概念が存在しない世界では、お金が必要ないのは当たり前です。

ですが、我々が住んでいる現実のこの世界は、こういう風には出来ていません。現実はこうです。

もし世界が100人の村だったら

数年前に大きな話題になったので、この「もし世界が100人の村だったら」を読んだことのある人もいらっしゃるでしょう。現実は世界の80%の富や資源を20%の先進国が独占しています。あとの80%の人々は残り20%の富・資源を分け合ってやっとの思いで生活しています。穀物を例にとれば、世界で年間 19億トン生産されています。これは世界中の人が生きていくのに必要な量のおよそ2倍になります。つまり食料が足りないので餓死する人が出るのではありません。世界には全ての人間が食べて行くのに十分な食料があるんです。にもかかわらず餓死する人が大量に出るのは、豊かな国(特に日本)が世界中の食料を独占的に買い集め、余ったものを大量に捨てているからです。もし豊かな国が捨てている分の食料を貧しい国に届けることが出来れば、それだけで明日にでも世界の食料問題は解決します。問題は豊かな国の側に「分かち合おうという気がない」ことです。豊かな国はいくらでも食料を買える、貧しい国はそれが出来ない。たったそれだけの理由で世界中で年間1500万人の人たちが餓死して行きます。

今日本では「勝ち組、負け組」などと良く言いますが、世界全体を見れば日本人に生まれただけで間違いなく「勝ち組」です。飢え死にしたり、戦争に命を脅かされたり、住むところがなかったりなんていう心配はほとんどありませんからね。もちろん日本の国内を見れば、その中にまた「勝ち組、負け組」はあるわけですが。

このように著しい不平等、差別を生んでいるのが「資本主義」という仕組みです。資本主義というのは才覚があれば誰でもお金持ちになれる、誰にでも平等にチャンスがあるという風に思われがちですが、実際はそうではありません。資本主義は300年ほど前の「勝ち組」が自分たちの支配の構造を確固たるものにするために、自分たちに都合がいい世の中の仕組みを作ったものです。それが今日まで続いていて、彼らの思惑通り300年前の勝ち組は今でも勝ち組です。一握りの強者が多くの弱者を踏みにじることによって成り立っているのが「資本主義」の構造です。世の中がこの構造の上に乗っかっている限り、彼らの支配は崩れないでしょう。「お金のいらない国」のような世界を実現するのは、夢のまた夢です。

長島龍人さんの「お金のいらない国」では、主人公がある日突然タイムスリップして、「お金のいらない国」に迷い込むという設定になっています。どうしたら我々の住む今のこの世界を「お金のいらない国」のように変えることが出来るか、ということについては触れられていません。次回は「どうやってお金のいらない国を実現するか?」ということについて考察してみます。

続く

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