PR

本日のつぶやき

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近の記事

最近のコメント

無料ブログはココログ

« 「電車男」書籍化 | トップページ | 「レコミュニ」β版スタート。しかし… »

2004年9月 9日 (木)

華氏911

話題の映画「華氏911」を見てきました。全体的な内容はあちこちのメディアで取り上げられてるので、まあ予想の範囲内でしたが、一つ非常に印象に残ったシーンがありました。それはマイケル・ムーア監督が自らアメリカの国会議員たちを路上で捕まえて、インタビューしてるところ。ある議員はムーア監督と面識があるらしく、最初は親しげに言葉を交わしているのですが、「イラクに米軍を送る決定をした議員の息子をイラクへ送ろう、という運動をしています。イラク戦争をやるべきだ、と判断した以上、その議員の身内がまず軍に入って、率先してイラクへ行くべきだと思うんですよ。賛成してもらえますか?ここにパンフレットもあります」とムーア監督に迫られると、困惑した表情を浮かべ、「でも(うちの息子は)二人子供がいるんだよ」などと苦しい言い訳をしていました。あからさまにムーア監督を無視する議員も…。

そうです。「高度な政治的判断」とやらでイラク戦争はやるべき、と考えた議員でも、自分や自分の身内が前線に送られるのはやめて欲しい。それが人間として当然の心情でしょう。ならば、自分の身内でない、関係ない人間なら戦場に送られてもかまわないのか?現状では、その通り。イラクに送られた米軍兵士の多くは、軍に入る以外にはにはろくに就職口もない、貧困層の若者です。自分の子供が戦地に送られるのは嫌だけど、他人の子供が行く分には国益のために戦争はやるべきだ…これがアメリカの「高度な政治的判断」の実態なのです。私はまるで逆じゃないかと思います。国益だの、大義だのは低次元の判断、「愛する人を死なせたくない」という感情こそ、崇高な判断だと。

当然ですがイラクに送られた米兵にも、愛する家族がいます。映画の中には戦死した米兵の母親が「あいつにうちの息子は殺された」とホワイトハウスを睨みつけ、号泣するシーンもありました。イラク戦争は大国アメリカが一方的に弱い国の国民を踏みにじる、という側面ばかりが批判されがちですが、実際はアメリカ国内でも裕福な者、力を持った者がそうでない者を踏みにじる、という構造の上に成り立っているのです。

ほんの少しだけ、想像力を働かせてみたらどうでしょう?自分にとって「戦争にやりたくない」愛すべき同胞は、自分の家族だけでしょうか?親戚は?同級生は?10年会ってない友人は?面識はないけど、同じ地域に住んでいる住民は?自分と同じ国の国民は?地球の裏側に住んでる、知らない国の人は?…あたりまえですが、「地球の裏側に住んでる、知らない国の人」にだって愛する家族、もしその人が死んだら悲しみに打ちひしがれてしまう「愛する人」がいます。なのに、たいていの人はどこかで「ここから外は他人。他人が不幸になっても、たとえ死んでも自分には関係ない」と無意識に線引きをしてしまっています。もし大半の人が「愛すべき同胞」の範囲を「自分と自分の家族だけ」から「地球上の全人類」にまで拡大出来たら、そこまで人間の意識が進化することが出来たら、世界から戦争は一掃され、環境問題も全て解決するでしょうね。

この映画は単にブッシュ大統領を悪者にして、こき下ろしてるだけの映画ではありません。ムーア監督が一番言いたかったことも、この辺りじゃないかな、と私は思いました。

パソコン・スマホを使った気軽な在宅ワークで、空き時間を活用して副収入!

« 「電車男」書籍化 | トップページ | 「レコミュニ」β版スタート。しかし… »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/186726/42799112

この記事へのトラックバック一覧です: 華氏911:

« 「電車男」書籍化 | トップページ | 「レコミュニ」β版スタート。しかし… »