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2004年4月

2004年4月27日 (火)

米軍が毒ガス兵器を用意!?

私がコスタリカに行っている間に残っていた2人の人質も解放され、一安心というところですが、日本人の人質が解放されたとは言っても、イラクの情勢が好転したわけではありません。

まりる氏のblogにはファルージャの悲惨な状況を伝える情報が届いています。

ファルージャに毒ガス兵器の用意
医者たちが証言するファルージャの事態
イラクは新型兵器の実験場

こうした米軍の実態が日本のマスコミでもほとんど報道されないのはどういうわけなのでしょう?アメリカにべったりの日本政府から圧力がかかってるのでしょうか?何らかの情報操作がされているとしか思えない状況です。

御自分のホームページやblogをお持ちの方は、こうした記事にリンクやトラックバックなどを使って出来るだけ多くの人に伝えてください。マスコミや政府が当てにならないなら、私たち市民レベルでインターネットを活用して伝えて行くしかありません。

また、人質になっていた人たちに対してのバッシングもかなりひどいようですね。確かに彼らは無謀な面があったと思います。解放直後に「イラクにこのまま残りたい」といった発言もあったようですので、それについては「なにを言ってるんだ、冗談じゃない!」と言いたくなる気持ちも分ります。しかし、彼らがやって来た行為自体は非常に素晴らしいことです。自分が彼らのように他人の幸せのために自分をなげうって尽くせるかと言うと、私にもあそこまではとても無理です。その点では、彼らは日本人の代表として誇るべき人材であると言えるはず。それを自宅でテレビや新聞を見てるだけ、あとは自分自身の生活の糧のために働いてるだけの人間がどうして批判出来るでしょう?

前も言いましたが、そもそも軍隊さえ撤退すれば、民間レベルでの支援はいくらでも出来るはずなんです。日本が自衛隊を派遣している限り、前記の記事のような実態の米軍を「後方支援」することになってしまうのです。「自衛隊は撤退すべきでない」として現政府を支持するなら、日本国民はこういうことをやっている米軍を支持していることになってしまいます。それで本当にいいのでしょうか?

衆院の3選挙区で25日投開票された統一補欠選挙は自民党の圧勝だそうです。ということは、これだけ見ると日本国民は現政権の政策を支持していることになってしまいます。ですが、投票率は30%台。実際の国民の総意とはほど遠いのです。それでいて例えば公明党支持者の投票率は90%を越えているんだそうです。そして現在自民党と連立政権を組んでいる公明党の支持者は、みんな自民党に投票します。かくして、現政権が圧倒的な支持を得ているかのような「既成事実」がでっち上げられるというわけです。

以前に「投票率が低いということは結果的に現政権に有利に働く」ということを言いましたが、まさに今回の補選でそのことがもろに現れています。「どうせ自分一人じゃ何も変わらない」と無党派層が選挙を棄権してしまうことは、組織力、組織票に強い現政権の政策を支持することとほとんど同じなのです。これで現在の政治を批判したり、失望したりしながら選挙を棄権することがいかに愚かなことか、分っていただけるんじゃないでしょうか。一人一人の一票、一人一人の意見が、結局は日本の政治を動かし、世界を動かすことになるのです。

この7月には参議院選挙が行われますが、もし現政権の政策が納得いかないのであれば、反対票を投ずることが政治を良くすることに確実に繋がるのだ、ということを有権者の皆さんにどうかご理解いただきたいと思います。毒ガス兵器を使いかねない米軍を支持する現政権が、日本の舵取りをしていて本当にいいのでしょうか?

P.S.ちなみにコスタリカはスイスなどと同じく軍隊を持たない永世中立国で、政治的に不安定な国が多い中米の中で、例外的に平和で安全な国です。また自然保護に力を入れる環境先進国でもありますが、こうした点で日本は学ぶべき点があると思いましたね。

2004年4月13日 (火)

「身内」と「他人」の境界線

イラク人質事件がらみでネットを検索してみると、世論は「自衛隊は残留すべき」という意見が70%以上というのは、何となく納得出来ます。マスコミの情報を除いて、個人のblogを見ているとやはり「残留すべき」の意見の方が過半数のようです。そのうちの一つは「彼ら3人が人質になったのは危険を承知で行ったのだから、自己責任。あんなのは勇気でもなんでもなく、無謀としか言いようがない。彼らを救うために税金を使うのは迷惑な話」なんて意見でした。「人の命よりも税金の方が重い」なんて極端な意見はさすがに珍しいですが、それでも「人命優先で自衛隊は撤退すべき」という意見のほうが少数派であることは確かのようです。

それにしても日本って、いつからこんな国になってしまったんでしょうか?国民の命よりも国家の理念、国益…そんなものが優先されるべきとは、私にはどう考えても納得いきません。自国民の命を軽視しておいて、「人道援助」も何もないだろうとしか思えないのですが…。そのうちに自衛隊撤退を主張していると「非国民」とか「国賊」なんて非難されたりして…(^^;)。…いつか来た道じゃないですか?これって。

そんな中、一つのblogの意見が目が止まりました。「置かれた立場によって発言が違うのは当然だ」という意見です。この人は「敢えて責任の所在を明確にするならば、それは自衛隊の撤退拒否をした政府ではなく、勧告を無視して拘束された3人にあるのは明白で、所謂『自業自得』ってヤツだ」と言いながらも、「もし彼等3人が僕の身内だったら...。何を置いても救出を最優先に願うし、自衛隊の撤退で解放されるのならば撤退を要求するだろう」とも言っています。つまり立場が変われば風見鶏的に意見も変わるのが当然、というわけですね。ある種、正直な意見だと思います。その考え方であれば、人質の命は家族以外にとっては「他人事」だから国益を優先して「自衛隊は撤退すべきではない」という意見になるのは当然、と言うことになります。

それならば、どこから先が「他人事」になるのかが問題です。自分と、自分の家族のことはもちろん「身内」のことでしょう。ならば親戚のおじさんおばさんや、いとこが人質だったら、それは「身内」のことでしょうか?もう少し縁が遠くて法事の時ぐらいしか顔をあわさない親戚だったら、それは「他人事」になるでしょうか?しょっちゅう会う親友が人質なら「他人事」ではないでしょうが、10年以上会ってない昔の友人だったら?かつて勤めていた会社の「元同僚」だったら、それは「他人事」でしょうか?面識はないけど、同じ学校出身の「同級生」が人質だったとしたら?

こんな風に考えて行くと、どこからが「身内」の問題で、どこからが「他人事」なのかは、結局個人の主観、捉え方の問題だと言うことが分ります。

私の場合は「素敵な宇宙船地球号」と言う番組に関わって、環境問題を身近に感じるようになり、この点に関する認識が変わりました。それは「すべては繋がっていて、バランスをとることによって世界は成り立ってる。一部を犠牲にして全体が繁栄すると言うことは本当はありえない」という考え方です。つまり、「身内」「他人」と言う区別は本当はないのだ、ということです。マクロな観点では、すべてが「共存共栄」する以外に我々が真に生き残る道はないのだ、と思うようになったのです。

すなわちある国を踏みにじることによって、別の国が繁栄すると言うことも本当はあり得ない。「他人」を犠牲にすることによってその他の大勢が助かる、ということもあり得ない。極論してしまえば、同じ日本人はもちろん、他の国の人であっても「犠牲にしていい命」なんてものはあり得ず、すべての命は等しく守らなければならない、と思うのです。日本人であっても、イラク人であっても、アメリカ人であっても、その他の国の人であっても。

環境問題以外では、今NHKでアニメが放送されている、故手塚治虫の作品「火の鳥」から私はそういう「生命は一つ」という考え方を学びました。「火の鳥」を初めて読んだのは中学生の頃でしたが、それまでの人生観が完全に覆されるほどの強い影響を受けましたね。

ですから、私はこれからも「人間の生命は国籍が何であれ、それ以外のすべての利益に優先して守らなければならない」と言う観点で発言し、自分に出来る行動をして行きたいと思っています。

2004年4月10日 (土)

死にたくない、死なせたくない、殺したくない

日刊スポーツが今回の人質事件を受けて、自衛隊は撤退すべきか、残留すべきかというアンケート調査を行っています。結果は街頭アンケートでは「撤退すべき」の意見が半数を超えたのに対して、ネット上のアンケートでは71.5%が「残留すべき」と答えたそうです。この結果はなにを意味するのでしょう?

今日は仕事でさっきまでスタジオにいたのですが、以前チャットによく来ていた、私の仕事仲間のはぎぼ〜氏が、この記事を見て分析していました。「街頭アンケートで面と向かって質問されると人質三人の家族に気を遣ったり、『冷酷な人間』と思われたくなくて、『撤退すべき』が増えるけど、パソコンに向かってボタンを押すだけのアンケートだとそういう感情が入らないから、こういう結果になるんだろう」とのこと。なるほど、確かにそうかもしれませんね。

では、感情を交えないネットのアンケートに71.5%が「残留すべき」と答えてるから、このほうが日本人の「正しい世論」なのでしょうか?「感情に左右されない、日本の国益を考えた冷静な判断」は正しいと言えるのか?私は違うんじゃないかと思います。

イラクへの自衛隊派遣の是非が問われていた頃、小泉首相が「そんなに派遣したいなら、自衛隊に命令して行けというのではなく、あなた自身が行けばいい」という批判に対して「そういう低次元の議論は…」と答えていたのを印象深く覚えています。低次元…?そうなのでしょうか?こういう批判は低次元で、国益だの、国際貢献だの、イラクの民主化だの、人道支援だのという「大義」を考えれば「高次元の判断」なのでしょうか?これも私は違うと思います。

人間誰だって「死にたくない」という感情を持っています。同じ仲間、同じ日本人、同じ人間という意識があれば、同胞を「死なせたくない」という感情もあると思います。また、誰かを殺して気分がいい、という人もよほど精神のバランスを崩した状態でなければ、まずいないでしょう。たとえテロリストであっても、自分が信ずる理念のために殺人もやむなし、と思うことはあっても、少なくとも人を殺して「気分がいい」はずはない。

私たちはこういう人間なら誰でも持ってる素直な感情、直観的、右脳的な判断をないがしろにして、左脳的、分析的、論理的判断だけに偏った行動を始めた時にバランスを崩し、狂った方向に暴走して行くんじゃないかと思います。どのような大義も、理念も、宗教も、思想も「死にたくない」という人間の基本的な感情にまさるものはないと私は思うのです。理念や思想や宗教は、国や民族が変われば全く変わります。しかし、人間ならば「死にたくない」「死なせたくない」「殺したくない」という基本的感情は世界共通。ならば、全人類に共通のこの感情以上に重要な「大義」など存在しないのではないでしょうか?

なぜ自衛隊を撤退させてでも、人質になってる3人を助けたいのか?「かわいそうだから」「仲間を、愛する人を死なせたくないから」「自分がその立場だったら助けて欲しいと思うから」これ以上に高次元で、的確な判断はない、これ以上に優先すべき大義も国益もない…私はそう思います。人質3人の安否を思いわずらい、涙する家族。これ以上に「守るべき価値」などないのではないでしょうか。 「残留すべき」と言う人には、「あなた自身、またはあなたの愛する家族が、今まさにテロリストに銃を突きつけられた状態だとしたら、同じように『自衛隊は残留すべき』と答えられますか?」と問いたいです。その時の答えこそが真実だと思うから。小泉首相が人質になった3人の家族と会うことを拒否したのは、その「真実」を突きつけられることを恐れたからでしょう。

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2004年4月 5日 (月)

新しいデジカメ購入

新しくコニカミノルタのデジカメ、Dimage A2を購入しました。

私の音楽関係以外の唯一の趣味と言ってもいいのがデジカメ道楽なんですが、もう何台買ったかなあ…。7台目かな(^^;)。今度はレンズ交換式一眼レフを買おうかとも思ったんですが、デジカメ道楽と言っても、交換レンズをいくつも抱えて持ち歩くのは大変。しかも使いこなしは難しいので、気楽に旅行に持っていくというわけにもいきません。そこで結局ハイエンド・コンパクト型のA2を買いました。

この機種の最大の売りは 手ぶれ補正機能。暗い場所でフラッシュなしで撮影する場合や、ある程度以上の望遠で撮影する場合は手持ちだとぶれてしまうので、三脚を使うのが原則ですが、三脚を持ち歩くのもなかなか面倒。そういうときにこの手ぶれ補正機能があると、手持ちでもかなりクリアな画像が期待出来るというわけです。ものぐさな私にはぴったりの機能ですね(笑)。

というわけで、このカメラを持って16日から地球の裏側、コスタリカに旅行に行ってきます。「野生の瞬間に挑む」の嶋田忠さんが、年に一度一般の人と一緒に世界各地にいくエコツアーがあるのですが、それに参加することにしたのです。実はいい年をして私は初めての海外旅行なのですが、それがいきなり地球の裏側までいくことになってしまいました(^^;)。どうなりますことやら…。

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